分かってくれよ!

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「1年はボールに触んな」  放課後、体育館へ集まった部員たちに向けて、高野は冷たく言い放った。 「そんなっ」 「朝触ってたから良いだろ。よし、2年、3年は基礎練から」  1年にさっさと背を向けていつもどおり練習メニューを開始しようとする高野に、何も言い出すことができない。  溝口が隣りにいた田口にささやく。 「あ、謝りに行こう?」 「めっちゃ怒ってるよ……」  田口もうなずくが、 「練習してごめんなさいって謝ればいいわけ?」 「浅野! ダメだ謝る気ないわこれ」  コソコソ話が紛糾するばかりで名案は一つも浮かばない。  なにかアイデアはないか、と首をぐるりと回した溝口は、副部長の三原が手招きしているのに気づいた。部員を肘で小突き、呼ばれるままに体育館の外へ出ると副部長の前に並ぶ。  緊張した面持ちの1年を見た三原は違う違う、と手を振り 「やめてよ、説教するわけじゃないんだから。ちょっと座ろうか」  三原が階段に腰掛けるので、それに従う。グラウンドから野球部の声が聞こえ、音楽室では吹奏楽部が音出ししている。いつもどおりの光景の中、自分たちだけが練習できずに追い出されている。自然と顔がうつむく。 「浅野、高野にかなり不満が溜まってるだろ」 「……別に、そんなことないです」  こんなに口をとがらせていれば本心はバレバレだ。隣で聞いていた溝口が吹き出している。三原も口元をさり気なく押さえつつ、 「あいつ、練習が嫌いなわけじゃないんだ。むしろ練習大好き、自主練大好きなタイプでさ」 「ホントですか?」  聞き返す声もどこか疑うような声音になってしまった。 「1年のときもかなり張り切って練習してて、朝5時に起きてランニングとか筋トレも欠かさなかったし、当然部活にも1番に来て最後に帰るようなタイプでさ。努力が認められて1年なのにレギュラーを勝ち取ったわけよ」 「……そう、なんですか」  自分と同じルートをたどっている。浅野は思わず副部長の顔を見返した。 「で、迎えた試合当日。前日ギリギリまでみっちり練習に励んでたせいで、寝不足でさあ。試合中にありえないミス連発で試合台無しにしちゃったのよ」 「ええと、ミスってどんな感じのを?」  怖いもの見たさで田口が尋ねる。 「ボールがヘロヘロなのよ。眠いと体の力がふっと抜けたりするじゃん? そんな感じでパスが全然なってなくて。それに頭もぼーっとしてるからダブドリとかファウルしても笛吹かれて仲間に肩叩かれてから気づいたりとかさ、とにかくひどかったわけ。で、10分たたないうちに交代させられて」  あのクールな高野先輩が、そんなミスを起こすなんて正直想像できない。1年たちは顔を見合わせた。 「でも、その10分の失点がずっと取り返せず、負けたんだよね」  副部長はふっと遠い目をした。それから浅野を指差すと、 「似た者同士って思ってるよ、絶対。だからこそ強く言わないと勝手に練習して勝手に自滅するんじゃないかって」 「自滅って……」 「実際、禁止されてなきゃ際限なく練習してたんじゃない?」 「まあ、否定はできないですけど。……先輩、勝ちたいですか?」 「当たり前じゃん。……なあ、高野」  入り口からちょうど顔を出していたのは高野だった。ビクッと引きつった表情になるがすぐに引き締めた。 「三原、いつまでダベってるつもりだ。早く戻れ」 「ごめんごめん。すぐ終わらすつもりだったんだけどさ」  三原は立ち上がり、ズボンのホコリをパンパンと払うと1年に言った。 「さあ、戻るよ。急いで」 「でも、1年はボールに触るなって……」 「それはさっき解除されたから大丈夫」 「え?」 「早く戻れって言ってたでしょ。あれ。分かりにくいよねー」  さあ早く、と急かす三原に背中を押され、再び体育館に入っていく。  いつでも冷静沈着な高野の横顔が、それまでと違って見えた。
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