冷たい彼との物語

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 一ノ瀬先生は、料理の材料だけではなく、炊飯器や圧力鍋、フライパンまで買って帰ってきた。そして、手慣れた様子で料理を始める。  その上、ご飯が炊けるまでの時間で、トマトとほうれん草のサラダ、ブロッコリーのチーズ焼き、ナスの煮びたし、里芋の煮物、具沢山みそ汁と、生姜焼きまで作り上げてしまったのだ。 「おいしい……」  それを一口食べた私は思わずつぶやいた。  なにこれ。こんなおいしいご飯、何年ぶりだろう。  母が生きていたときは、母は料理が好きでいろいろ作ってくれた。それを思い出して、泣きそうになる。しかし、一ノ瀬先生の前で泣くわけにもいかず、私はパクパクと口を動かしていた。 「おいしいのは当たり前だ。たくさん食え」  少し偉そうなのは、このおいしい料理に免じて許してやろう。 「ありがとうございます」 「『一宿一飯の恩義』ってやつだから気にするな。冷蔵庫の中も、ホント何もなかったから、いろいろ買い足しといた」 「……そんなのいいのに」  私がつぶやくと、一ノ瀬先生は突然、サラダを私の口元に押し付けた。 「このサラダとブロッコリーのチーズ焼きを多めに食べな。血液検査、ビタミンKを主に、なにもかも足りてなかったし」 「う……」 「昔から苦手だな」  そう言われて、思わず先生の顔を見た。 「覚えてるんですか」 「あぁ。野菜苦手なのは変わらないのな」 「一ノ瀬先生は……変わりましたね」 「……変わったのは杏奈の方だろ」  突然名前を呼ばれて、また、泣きそうになる。  確かに、かわいくなくなったのは私の方だ。いつの間にこんなにひねくれたんだろう。昔はまっすぐだった。  『蒼兄ちゃん』って飛びついて、自分には何でもできるって、思ってた。 「そうかもしれませんね」  私はそうつぶやくと、とにかく食べてみろ、と薦められたサラダを口に押し込んだ。昔は野菜全般が苦手だったのに、いつのまにかそれらがおいしいって思うようになっていて驚いた。
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