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ゴソリ、と動く気配がして、一ノ瀬先生がまだ起きていることに気づく。私はそちらに向かって、
「先生はすごいですね。忙しいのに、ちゃんと料理して。何でもちゃんとできるし」
と言った。少しして、
「……そんなことはない」
と返事がある。やっぱりまだ起きていたんだ。
「私昔からあんまりうまくできないんです。家のことも、仕事も」
私はなぜかそんなことを言っていた。
なんだか一ノ瀬先生が、蒼兄ちゃんのようで……いや、蒼兄ちゃんなんだけど、ふっと腑に落ちた。
もうきっと会うこともないだろう。
最後なら、こんな恥ずかしい話もできる。そう思ったんだ。
「今、私、売れない作家なんです。……って出したの3冊だけですけど」
私は作家だ。いや、作家『だった』。
中くらいの小説賞で佳作ながら賞を取って、それがシリーズで三冊出て……。でもそれだけだった。
「受賞した時、編集さんから仕事はやめるなって言われてたんですけど。私こんなんだから、一冊書くのに下調べとか、取材とか、時間すっごいかかっちゃって。でも書くのが好きだから他はどうでもよくなって、その時会社員やってたけどやめちゃって……」
昔から一つのことしかできない。不器用で、かっこ悪くて、だめな人間だ……。
一ノ瀬先生とは大違いだった。
私は暗闇の中に向かって、続ける。
「でも、やめた途端、不安になって。そしたら全然書けなくなってしまって……。私何のためにいるのかわかんなくなったんです」
私はぎゅっと唇を噛む。
隣で動く気配がして、目をそちらに向けると、先生は体を起こしてこちらを見ていた。暗闇の中、その目だけがはっきり見えて、思わず私も息を飲んで、体を起こした。
暗闇に目が慣れて、先生の顔がはっきり見えだす。一ノ瀬先生と目が合うと、ふいにズキリと胸が痛んだ。
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