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私は唇を噛んで、一ノ瀬先生をちらりと見つめた。その瞬間、目が合った。
「だから、早く大家さんの連絡先教えて」
ぴんと張った冷たい、威圧的な声。
明らかに担当医の患者に対するそれではない。
「な、なんで……」
「幼馴染のよしみだろ」
先生がそう言って、私は、また頭がクラリとした。
(覚えてたんだ……)
てっきり覚えていないものだと思った。
それはこれまでの一ノ瀬先生の態度もあったし、私だって最初、一ノ瀬先生を見ても幼馴染の彼だとは全く分からなかった。
一ノ瀬先生、こと、一ノ瀬蒼は、昔は、いつだってニコニコしていて、優しい憧れの『お隣のお兄ちゃん』だったから。
私の5つ上で、『蒼兄ちゃん』と呼んで、いつだって私は蒼兄ちゃんにまとわりついていた。蒼兄ちゃんも困った顔を浮かべながらよく面倒を見てくれた。
今とは比べ物にならないくらい穏やかで優しい男の子だった。
当時、一ノ瀬蒼は、私の家の隣に住んでいた。しかし、我が家は離婚をして私は母と引っ越し、蒼兄ちゃんも一人暮らしを始め、まったく顔を合わせることもなくなっていた。
再会したのは、一か月前の大学病院の救急処置室。
私は事故に遭い、救急患者として、一ノ瀬先生の前に現れた。現れてしまったというわけだ。これは、完全な不可抗力だ。
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