イーノス 新世界

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イーノス 新世界

「──中将、イーノス中将、いらっしゃいますか」  男にしては甲高い声でドアをノックされながらそう呼ばれる。昨日は寝付けが悪く、まだ寝不足だ。目は開いているのだがどうにも体が動かない。しかしまだ寝ていたいなどとは言っていられないので仕方なく体を起こし、上位の軍人に合ったそれらしい豪華な仮眠室を一瞥してから短い茶髪を軽く整え、ドアを開ける。 「おはようございます」 「……おはよう」  私の背丈はそう大きくはない。恐らく平均的なものだろう。しかし、ドアの前に立っているこの男の生真面目そうな顔を見下ろすことはできる。 「出発は9時じゃなかなかったか?」 「いえ、それとは別件で」  と言うと、彼は手に持っていた書類を私に差し出す。 「こちらの書類に目を通していただいて、サインをお願いします」  書類を受け取り、その枚数を見て朝から憂鬱だと思う。こんな気分の時は愚痴の一つや二つ吐きたくもなる。 「皇歴か……災害歴ではいかんのか?」 「災害歴は数が3000を超えてややこしいため今後の公式書類は全て皇歴になると上で決定されまし た」 「皇帝の権威を示す為だとしか思えんな」  そういうと目の前の小さな男は私を見つめたまま口を閉ざす。この男はいつもこうだ。出世欲がある。しかし悪い欲求ではない。この男はそれに見合った能力がある。その能力を買って私に仕わせているのだ。まだ二十代後半で若く、今は少尉だが、いつか必ずこの国を担う男になるだろう。 「まあいい。分かった」  そういうとこの男はまた饒舌になって書類の説明をし出した。本当に面白い男だ。 「カッシア行く予定は変わらないのか?」 「……そこまで嫌なんですか?」 「嫌なんてもんじゃない。私は中将だ。なぜ占領地の治安維持などに出向かにゃならん」  そう言うと目の前の男がまた気まずそうな顔をする。流石にそこまでコロコロと表情を変えられるとこちらも困る。 「いや、それ自体はまだいい。国が大きくなってもはや世界統一の一歩手前だから手持ち無沙汰の軍に仕事を回してくれていると考えれば悪い気にはならない」  そういうと男は私が次に何を話そうとしているのか分かったようで苦笑いを浮かべる。私は大きく息を吸って、肺に体中から文句という毒を収集し、それを吐き出すように言葉を発する。 「問題は警察だ。なぜ軍を滅ぼそうとする警察と仲良く一緒に作業せねばならんのか。上はこっちの事情を知らないのか」  怒りと言うよりも萎えだ。大きな溜め息が唯一心を許す部下の黒髪を揺らす。  警察とは主に占領地の治安維持活動を行っている組織だ。さらに、軍の取り締まりも行っている。この取り締まりが軍の間で猛烈に批判されている。態度が大きいことや尋問が荒く暴力的などあることもだが、一番はでっち上げ疑惑である。いや、疑惑ではない。これは必ずやっている。戦争で勝利し、優秀な成果を上げた軍人はもれなく反逆罪で逮捕、処刑される。なんのためにこんなことをするのか。軍内部では世界統一と同時に警察が軍を潰すためだと言われている。理由がどうであれ、私も同胞が何人も処刑されている。しかも警察のトップは国家参謀長として国の経営のトップも担っているのだ。それだから軍が反逆などできるはずもない。そのような組織と協同作業など御免だと何度も訴えたが聞き入れてくれなかった。 「私もあの組織だけはどうも……」 「流石のお前もそう思うか」  そう言いながら私は豪快に笑ってみせる。なるほど、カッシアでこの男の愚痴も聞けるかもしれない。それは面白い。  一つ楽しみができたと思いながらまた就寝しようとすると、もう時間だと止められた。まだ眠気はあるのだが。この男はこういうところまでしっかりしてやがるのか。仕方なく目をこすりながら支度をした。
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