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味噌汁
「……新宮、今、なんか食べたいもんある?」
昨日買い物したばかりだし、冷蔵庫にはそれなりの在庫がある。今から作れる物なら何でも作ってあげようと、淡島は思った。このテのお節介が苦手な人間もいるとは解っていたが、どうも放っておけなくて。少しだけ、切羽詰まった声になってしまった所為だろうか。新宮は弾かれたように顔を上げ、落ち着かない様子で視線をさ迷わせた後、小さく小さく呟いた。
「……味噌汁が、食べたいです」
まさかそう来るとは思わなかった淡島は一瞬目を丸くして、それからすぐに袖まくりをして笑った。お安いご用だ。
「ちょお待ち。すぐ作るさけ、帰ったらあかんよ。雨やんでへんし」
昨日麻婆豆腐に使った挽き肉の余りは、肉団子にしてあった。野菜もまだある。冷蔵庫には新鮮な卵もある。十分だった。鰹節で出汁を取り、刻んだ白菜と人参、肉団子をたっぷり入れた味噌汁に温泉卵を落とす。茶碗ではなく丼ぶりに盛り付けたのは、背は高いが若干薄い体格の彼にがっつり食べて欲しかったからだ。彼の前に、そっと出来上がった一品を置いた。
「さあ、召し上がれ!」
箸を差し出すと、怖ず怖ずと受け取った碧眼の後輩は手を合わせた。
「……いただきます」
淡島は嬉しくなって目を細めた。それを言えるという事は、子供の頃にきちんとした食事を得られていた証拠だ。黙黙と、ゆっくりと咀嚼して食べる青年を何となく弟を見るような目で見守った。少しして、こんなに見ていたら食べ難いかも知れないと気づき、リビングから出ようとした淡島の背中に、声が届く。
「温かいですね」
溜め息みたいな声だった。どうしてか泣きたくなってしまったのは、歳の所為だろうか。
「ごゆっくりどーぞ」
言葉に詰まってしまった淡島は、それだけ伝えてキッチン戻った。
「ご馳走様でした……おいしかったです」
しばらくしてから食器を返しに来た後輩は、照れと困惑の中間みたいな笑い顔で淡島を喜ばせた。
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