第120話「歓迎」

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第120話「歓迎」

「馬鹿」 「すみません、、でした」 ハア、と大きなため息をついた入山を筆頭に、滝野、光緒、里音、遠藤、それから恭次も合わせて全員が文句を言った。 1人きりの夜はひたすら寝て過ごした結果、思ったよりも早く過ぎた。 病院食はあまり美味しくないのかと思っていたらそうでもなかったし、昨日死のうとしたくせに食に対して美味しいか美味しくないかと興味を持っている自分にも笑えた。 義人は皆んなの前でも平然とした顔をしている自分ががめつく思えてならなかったが、それは昨日藤崎に怒られて、胸に溜め込んでいたものを吐き出したからこそか、と反省して謝った。 「まあさ、生きてて良かったよ本当に」 最初は怪訝な顔をしていたが、ひとしきり皆んなで怒り終わると滝野がへらへらした顔でそう言った。 「確かにね。アンタが生きてて良かった会しなきゃね!!ピザ!!」 「ええー、楓ちゃん、昨日ピサ食べたじゃあん」 「焼肉行きたい」 「行きたーい!!義人の奢り!!」 「エッ」 やはり昨日はピザパーティーだったらしい。 午前中に昭一郎が携帯電話を届けに来てくれたので、義人の手元にはそれが戻ってきた。 床に叩きつけられてからずっと心配していたが、保護フィルムの活躍もあって電源は普通について、中身のデータ等も無事だった。 午後になると昭一郎は帰り、皆んなが来てくれて、病室は賑やかになっていた。 (早く、家に帰りたいなあ) 義人は「生きてて良かった」とまた考えている。 こうして何度も良かった、と思うのは良い事だと思った。 自分がもうあんな馬鹿な事はしないだろうと信じる為の後押しになるからだ。 「義人、何か食いたいもんねえのか」 無表情のまま光緒が口を開いた。 先程は彼にしては珍しく感情を露わにしていて、「本当にいい加減にしろよ」とゲンコツをひとつ食らわされたが、そう言うものが表に出ない彼が顔色を変えてくれるくらいに心配させてしまったし、心配してくれたのだな、と感じた。 今はもう落ち着いていて、またボーッとしている。 「んー、、寿司」 「寿司いいなー!!俺も寿司がいい!」 滝野はまたベラベラとうるさく喋り出した。 「で、藤崎。それやめなよ」 「、、、」 皆んなが来た事により賑やかになり過ぎた室内で、藤崎だけは黙っていた。 黙って、ベッドの端に座り、掛け布団がかかった義人の膝に顔を埋めて死んだフリをしているのだ。 多分、義人の匂いがついた布団を嗅いでいる。 「、、、」 「キモ」 「友達の前でここまでする彼氏とか引くわ」 遠藤、入山でその藤崎の状態を見ながらゲェゲェと悪口を言っている。 しかし、藤崎は静かに深く鼻で呼吸をしていて、一向に起きる気配がない。 義人も流石に恥ずかしくなってきていて、「おい、、おいってば」と彼の身体を揺すった。 「今いいとこだから待って」 「え、何が?ホントにキモいんだけどコイツ」 「くうってばへんたーい」 変態はいつもの事だろう、とその場の全員が心の中で里音にツッコミを入れる。 その辺になってやっと藤崎が顔を上げた。 顔面を布団に押し付けていたせいで少し鼻の頭と額が赤い。 「はあーーーー、、」 思い切り息を吐いた。 「やば。何か違法なやつ吸ってる人っぽい」 「キッモ」 入山と遠藤はずっと悪口を言っている。 「て言うか、恭次、マジでごめんね、色々」 「いーえ。おかげで久々に前田が警戒しない友達ができて嬉しいよ」 「あ、そっか。後輩と付き合ってんだっけ?」 「うん。ロビーの椅子座ってる」 椅子に座って呆れたように義人と藤崎を見ていた恭次は、義人に話しかけられるとフッと笑って返した。 恭次と前田の話しは既に藤崎が彼に伝えている。 前田が車を出してくれ、今日は全員が何とかその車に乗ってここまで来た。 定員オーバーな気もしたが、敢えて無理矢理乗った。 前田自身は義人と面識がない事から気まずさを感じて外で待機している。 「え、呼んでよ。お礼言いたい」 「いいの?うるさいよ?あいつ。何故か藤崎くんにめちゃくちゃ懐いてるけど」 「何で?趣味悪、、」 「ええっ」 2人が話すところを不思議そうな顔でその他の全員が見ていた。 藤崎が感じた事を皆んなも感じているのだ。 似ている、と。 話し方もあるが、雰囲気だ。 普段うるさく藤崎と喧嘩しているが実際は静かな義人と、前田に対して態度が豹変するものの飄々と彼と付き合う冷静な恭次はどこか重なるところがある。 中学時代に仲が良く、あの義人が家にまで呼んでいた友人と言うのは本当だったんだな、と皆んなが変に納得していた。 そして何となく、これらと付き合う藤崎、前田もまさか似ているんじゃないかと滝野と入山は考えていた。 (まあ、久遠も義人のこととなるとキレやすくなるしなあ。似てるっちゃ似てる) (変態加減が同じくらいな気がする、、藤崎と前田くん、やっぱ似てるかもなあ) こんな風に。 「はじめまして。西宮先輩と付き合ってます、写真科2年の前田慎也(まえだしんや)と言います」 前田が恭次に呼ばれて病室に来ると、皆んなはベッドから少し離れて話したり、携帯電話を見たりし始めた。 「前田くん、しんやって言うんだ、、」 それは誰もが思った。 前田としか紹介されていないし、前田としか呼ばれていない彼の名前を恭次を除いた全員がそのとき初めて知る事になったのだ。 「こんにちは。この度はご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした」 ベッドに乗ったまま、義人はグッと腰を曲げて頭を下げる。 「あっ、い、いえ、」 きっと前田も、義人と恭次が似ているな、と思ったのだろう。 狼狽えながらお辞儀をして返し、チラチラと彼の目を見て落ち着かない。 「造建の3年の佐藤義人です。恭次とは中学が一緒で、友達で、、って、聞いてるよね」 「あ、はい」 「色々助けてくれてありがとう。何回も車出してもらったみたいで、」 「いえ全然!!藤崎さんの頼みなら全然!!」 「うわ、、本当に藤崎に懐いてる」 その反応を見るなり、義人がドン引きした顔をする。 「何それ。俺が懐かれてたらおかしいの?ねえ」 すかさず構ってちゃんモードになっている藤崎が義人の膝の上に身体を倒し、頬杖をついて正面から彼を見上げた。 藤崎の座る椅子の横に立っている前田は困惑していて、恭次も苦笑いを浮かべている。 義人の前となると途端に子供っぽくなる藤崎を見て、前田とかぶるなあと思っていた。 「いや、だって、ねえ?」 「前田くんはちゃんと俺の人柄を見てね、」 「はいはいはい」 話が長くなりそうで、義人はブーブー言う藤崎の口を手で塞ぐ。 いつも通りになったな、と滝野達はそれを見て安堵した。 面会時間終了は昨日と同じで午後20時。 藤崎は最後までいる事にして、他のメンバーは18時には病院を出て行った。 後日、退院してからまた恭次達を入れて遊ぼうと言う事にして。 「大丈夫?疲れてない?」 「大丈夫」 藤崎はまた甘えるように義人の肩に頭を擦り寄せ、サラサラの黒髪が撫でられるのを待った。 「ありがとう、みんな連れて来てくれて」 「全然」 うなじを撫でられると、喉でも鳴らしそうな程ご機嫌になる。 「義人」 「ん?ん、」 そして上機嫌な藤崎にやっと帰ったから、とでも言うように、また優しくて軽いキスをされた。 「左手、どお?」 鼻先が触れそうな距離で、藤崎は申し訳なさそうに彼に聞く。 あんまり触れないで欲しいだろうかと気を遣っていたのだが、切ってしまった左手を義人がまったく動かない事を朝からずっと気にしていたのだ。 「んー、変な感じがするかな」 義人は試しに指を動かして見せたが、やはり小刻みに揺れて、力が入り切っていない感じがした。
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