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第3話「喧嘩」
オープンキャンパスが終わり、7月に突入。
中頃になると一斉にテスト勉強が始まった。
「単位表見たくない、、」
「テストやる前からそれ言う?」
遠藤の嘆きに入山がすかさず突っ込む。
「ねえこれのレポートやった人いる?何書くの?意味分からなくね?」
「洋平、うるせえ」
他の美術大学に通っている瀬尾光緒(せおみつお)、本名・大城光緒(おおしろみつお)は暑さに項垂れてソファの上でひっくり返っており、滝野の質問に対してピシャンと黙らせる目的のひと言で返した。
寝室にしかエアコンがない為、寝室のドアを開けて冷房をつけ、リビングには追加で扇風機を置いて毎年何とか夏をやり過ごしている義人と藤崎の家に、入山、遠藤、滝野、光緒、そして藤崎の双子の妹である藤崎里音(ふじさきりおん)が集まっていた。
「ねえ光緒くんて頭良い?これ分かる?」
「外国語は全部無理」
「何しに来たんだよ、、と言うか勉強は」
「どうでも良い」
ソファの上から動けなくなった光緒に聞いた入山は、「こりゃあダメだ」と彼の事は忘れてテスト勉強に励む事にした。
「ねえねえそれより夏休み旅行行こ〜?」
「里音ちゃん、それ後で」
本来なら里音も勿論テスト勉強をしなければならないのだが、能天気過ぎて取り組む気がまったくない。
単位どうのと言う危機感もないようで、ラグの上に先程から1人で旅行雑誌を広げている。
現実を見る気がないらしい。
「腹減った、、」
「なんか作ろうか?佐藤くん」
2年でイタリア語を取っていた義人は3年生の今イタリア語を取っている滝野に分からないところを教えつつ、終わらせなければならないレポートに取り組んでいる。
これが終わったらまた別のレポートだ。
3年生になってから基本的にテストに名前さえ書けば単位を貰える学科授業にしか出ていない義人と藤崎はテストに備える心配はないのだが、その分レポートが多い。
ここのところレポート提出の為に徹夜をしたり休日を潰していて、2人共疲れ切っていた。
腹を摩りながらぼやいた義人の言葉に藤崎が反応すると、彼はフルフルと頭を横に振って藤崎を止めた。
「大丈夫。なあなあ、全員ひと段落したら1回外に飯食いに行かね?うちで作るとなると俺が手伝ったとしても藤崎の負担がすごい」
「外食にしよ!!部屋借りてるのにご飯作らせるとか罪悪感で死ぬ!!と言うか奢る!ずっと教えてもらってるし!!」
「ええ。私は藤崎の飯食いたかったなあ」
「敬子は遠慮なさ過ぎ!あとアンタお金使いたくないだけでしょ!」
義人の言葉に遠藤以外の全員が頷き、ひと段落するも何もなく、12時の鐘と共に集中力が切れて外に出た。
土曜日の昼と言うだけあって、ファミレスの中は親子連れで混んでいた。
7人は4人掛けのテーブルを2つ使って席につき、それぞれが注文を終えると滝野と入山、遠藤が全員分のジュースやお茶をドリンクバーから注いで持って来てくれた。
「ごめん、ありがとう」
「はいよー」
ファミレスの中はゴオゴオと冷房が効いており、寒いくらいに思える。
時たまに子連れらしい子供の鳴き声や大人の怒声が上がる中、ひと口飲み物を飲むと7人共ため息のように息をついた。
「はあ〜〜、、皆んな夏休みバイトすんの?」
「プールの監視員」
「光緒やってそうだなあ〜似合うわ。お前何気に腹筋とかくっきり割れてるもんな」
義人の苦笑いに光緒は何故か右手の親指を立て、グッと彼に見せつける。
そして何を思ったのか、藤崎がそれを義人の隣から手を伸ばして叩き落とした。
2人は無言で睨み合う。
「私はパス。インターンやる」
「お。どこの?」
入山はジュルッと烏龍茶をひと口飲んだ。
「古畑ゼミの島根さんと一緒に、島根さんが就職決まってる会社行くの」
「あの人もう決まってんの?すご」
「凄いからね〜色々。前々から知り合いいたから、2年も3年もそこでインターンしたみたい。4年に入ってから私どうすか〜?って聞いたらすぐ社長面接して採用だって」
「うわあ」
何度かしか見た事がないが、島根綾香の放つ異様な雰囲気には義人も気圧される程の人と違う何かを感じてはいた。
立ち振る舞いから言って自信と品格に溢れ、堂々とした受け応えにたまに教授達も圧倒されるのだと言う。
(カリスマ、天才、、凄いな。藤崎みたいなタイプが静美にはいっぱいいるんだな)
藤崎もまた島根と似た雰囲気がある。
見た目の良さのせいで人目を惹き、彼の持つ冷たさを見抜けない人間だったならば誰もが恋に落ちるだろう。
自信に溢れた物言いとそれに見合った裏どりや経験、知識があり、義人や入山達よりも確かに課題で作った作品が高得点を取り、「参考作品」に選ばれる事は多かった。
カリスマ、天才。
そんな言葉がよく似合う。
何より、やはり男女問わず、彼の想いに関係なく人に好かれる。
ただ「人望」と言う点においては藤崎よりも義人の方が優っていた。
藤崎がカリスマやら天才ならば、義人は秀才だ。
藤崎のように何でもできるが冷たい等と言う欠点もなく、人の本質を見ようと話すところや目上に対しての気遣いによって、造建の助手や教務補助達からの信頼が厚いのだ。
藤崎は頼れるが頼らせて貰えない気分屋な面があり、義人はたまにテンパるものの期待したところまでは必ず事を成してくれる安定感があった。
「アンタらは?」
「俺達は、」
「影山教授のとこのゼミ生だった人がいる会社に7月中だけインターン。その後旅行行く」
遠藤はどうせバイト漬けなのだろうと全員が思った。
彼女の問いに義人が答えようとした瞬間、藤崎が割って入り、今年の夏の予定をザッと口にする。
「え!?旅行!?りいは!?」
どうせ里音がそう言ってくるだろうと予想できていた彼は重くため息をつき、義人に喋らせないで良かった、と思いながら、隣にいる義人のその向こう隣を睨んだ。
藤崎双子は見事に義人を挟んで席に着いていたのだ。
「あのさあ、りい。俺と佐藤くん、付き合ってるんですよ」
「こ、こら、藤崎っ!」
あまり大きな声ではなかったものの、義人は周りの席をチラチラと見回した。
昼時で店内が混んでいた事もあり、藤崎のゲイ発言は他の席の誰の耳にも届いていないようだ。
「私も行きたいっ!」
「だめ」
「何でえッ!?義人〜!」
「ごめんね、りい。あのー、ほら、ね。誕生日プレゼント、2人っきりで旅行がいいって言うから、、」
「あ、そうか。双子どもの誕生日か」
8月の終わりは藤崎家の双子の誕生日があると思い出した滝野は「今年は何にするかなあ」とぼやきながらテーブルに頬杖を付いた。
同じように今思い出したらしい光緒は一瞬「あー」と言う顔をしただけですぐにコーラのがぶ飲みを再開する。
暑過ぎてストローが鬱陶しかったらしい。
自分が旅行の事を何も知らされていなかったうえ、旅行に行くメンバーからも外されていると知った里音は嫉妬にかられ、怒り、言ってもどうせ聞いてくれない藤崎ではなく隣の義人の腕を掴んで抱き込み、彼を見上げて睨んだ。
「私だって誕生日だよ?誕生日プレゼントで連れてって!」
「ごめんね、それは許して」
「ええー!?やだよ!ずるいよ!くうだけなんて!」
「里音、うるさい」
諫めるように言ったのは義人の向かいの席に座っている光緒だった。
「何でよ!りいも!ねえ、義人!ねえ!お願い!」
「ごめんねホント。また今度な」
「何でよお!!」
「里音、いい加減にしろ。ガキじゃねえだろ」
「っ、!」
「まあまあまあ、ね?里音、怒んなよ。せっかく楽しく皆んなで飯食うんだから」
里音のワガママに静かに怒り、もはや口もきかず目も合わせない藤崎の代わりに光緒が里音を注意し、あまりにも率直過ぎる言い方に滝野がフォローを入れる。
昔からの幼馴染みの連携プレーだった。
里音は1人、本当にショックだったようで大きな瞳に涙を溜めて黙り込み、静かにオレンジジュースを飲んで泣きそうなのを誤魔化した。
(藤崎と区別されるのがイヤなのかな。双子だからやっぱ離れたくなかったかな)
義人は離された腕に込められていた力が何だか寂しく思え、思わず里音の顔を覗き込む。
「8月の終わり頃は暇だから、皆んなで遊ぼ」
「、、、」
「義人、いいから。ごめんな。お前は久遠だけでいいよ」
「あ、うん」
余計な気遣いだっただろうか。
義人が不安に思う中、滝野だけは笑ってそう言ってくれる。
突如始まった兄妹喧嘩に遠藤は呆れて黙り込み、入山は何も気にせずに携帯電話をいじりながら何気なく里音の背中を摩っていた。
「、?」
そして、藤崎は黙ったまま義人の右手をテーブルの下で握った。
(あれ、珍しいな。本気で怒ってる)
普段はあまり見せない藤崎の怒りの感情を感じ取り、義人はキョトンとしながら、落ち着かせるようにその手を握り返した。
「いやいやいや、気まず。何これ、やめようや」
「失礼致します〜」
「うわっ、ビックリした!」
「あはは」
空気を変えようと滝野が話し始めた瞬間、彼の背後から両手にパスタを持った店員が現れ、ニコニコと声を上げた。
驚きつつも皿を受け取ると、カルボナーラは遠藤、少し辛い方のトマトベースのパスタは入山の前へと渡してくれる。
「先食べていー?」
「どうぞどうぞ」
入山と遠藤がパスタを食べ始める。
相変わらず里音だけは黙り込んでいたが、他のメンバー達はにこやかに昼食を取り始めた。
義人と光緒はハンバーグランチセットで、藤崎は豚カツ定食、滝野はデミグラスソースのオムライスセット、そして里音は焼きサバ定食を頼んでいた。
注文したものが全て揃うと、さすがにテーブルの上が狭く感じた。
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