325人が本棚に入れています
本棚に追加
第4話「双子」
「いい加減にしろ」
義人と入山がコンビニに飲み物と氷を買いに行ってから戻ると、家の中では藤崎と里音がファミレスでの喧嘩をぶり返していた。
「とーまーれ!!久遠、ほら!義人が帰ってきたから落ち着けよ!!」
「里音、そんな簡単に約束破んの?なあ!!」
「おっと〜、修羅場?」
「おいおいおいおい、藤崎!!ダメだって、相手女の子!妹でも女の子だろ!!」
物凄い剣幕で里音に向かって怒鳴った藤崎に、義人は慌てて靴を脱いでコンビニのレジ袋を玄関に雑に置き、彼の元へ向かう。
滝野に後ろから羽交い締めにされて何とか里音に手は出していないものの、珍しく我を忘れて怒ったのか、リビングのラグの上のローテーブルの位置がズレている。
光緒は泣いている里音の前に回り込み、無表情のまま藤崎の目の前に立っていた。
「藤崎!やめろって、な!?」
その光緒と藤崎の間に更に入り込んだのは義人だった。
「ッ、、何で俺が悪者なの」
バツの悪そうな、悔しそうな表情が義人を見下ろす。
ギチギチと微妙な力加減で藤崎と滝野の殴り掛かる、それを抑える、と言ったパワーバランスが成り立っているが、これ以上藤崎の頭に血が昇れば滝野の身体ごと前にズラされていきそうだった。
「悪者とかじゃないけど、怖いって。怒鳴るなよ」
「、、ごめん、でも、」
「あーもー、1回タンマ!!タンマな。勉強できねーってこれだと。藤崎は俺と寝室。滝野と光緒は里音見てて」
義人がトントン、と彼の肩を叩くと、藤崎は滝野から逃れようと全身に入れていた力を徐々に外していく。
それを感じて滝野も腕の拘束を解いた。
遠藤は呆れたようにソファの上から彼らを見物しており、義人が玄関に置いてきた荷物を持った入山がリビングに入ると、やっと全員が静かになったところだった。
「わかった」
「ん」
「敬子、机片して。1回皆んな落ち着いて茶しばくぞ。荒れ過ぎだよ熱くておかしくなったの?」
昼食から帰ってきて義人と入山で飲み物を買う為に再び外に出たのは約15分程。
その間にどうやったらこんなに淀んだ嫌な雰囲気になれるんだ、と呆れながら、彼女はそう提案した。
藤崎が無言のまま寝室に消えてドアを閉じると、義人は「ごめん」と遠藤と入山に謝る。
「佐藤が謝るのおかしいだろ」
すぐさまそんな返事が返ってきた。
「気にしないで。たまに和久井とやるからこう言うの。気まずさは分かる」
「うはは、ありがと」
遠藤は呆れているだけで別に不機嫌でも迷惑そうでもなく、入山も義人が寝室に向かう途中に「ゆっくりでいいから」ともう一度声を掛けてくれた。
寝室のドアを開ける前にチラリと里音を見つめたが、その場に座り込んでまだ泣いているらしい。
諦めてドアを開けて中に入ると、つけっぱなしにしていた冷房が効いて部屋の中は寒かった。
パタン、とゆっくり後ろ手にドアを閉める。
藤崎はベッドの上に仰向けになって寝転がり、腕を瞼の上に置いて表情を隠していた。
義人はテキトーに選んだプレイリストをかけて音楽を流し、音量を上げてから携帯電話をそのままドアのすぐ隣にある棚の上、端に置いた。
話し声がリビングに聞こえるのが何となく嫌だったのだ。
「どした」
ギシ、とベッドが軋む音。
寝転がってベッドを横断している藤崎の隣に腰掛けて、同じようにゴロンとそこに寝転がる。
ゆっくり息をしている藤崎の胸の動きを見つめた。
「ファミレスいたときから変だぞ、お前」
「、、、」
やたらと不機嫌になる速度が速かったな。
そう感じていた義人は、胸から視線を外すと見えない藤崎の目を見つめた。
部屋の中は電気をつけていないが、窓からの陽の光が眩しくてお互いの姿は難なく見える。
「黙るのはなしだろ。なあ。りい、何かしたの?」
「呼ぶのやめて」
「え?」
悲しそうな低い声が聞こえて、顔の上で交差して表情を隠していた藤崎の腕が少しだけズレる。
「里音の名前呼ぶのやめて」
「、、、」
チラ、と左目の深い茶色の瞳だけが義人を見た。
「俺の名前、今日1回も呼んでないのに」
「え、、」
そう言えば、朝から皆んなが押しかけてきたのもあり今日は一度も彼の名前を呼んでいない。
特にこだわりはないのだが、何故だか周りに人がいるときは藤崎の事を「藤崎」と義人は呼んでしまうのだ。
「久遠」
でも、今は部屋に2人しかいない。
少し照れたように呼ばれた名前に反応して、藤崎は顔から腕を退け、シーツを押さえながら寝返りを打って義人の方へ身体ごと向いた。
やっと見えた藤崎の顔が思ったよりも拗ねており、義人としては可愛いな、とも思ってしまったのだが、それは隠して口を開く。
「どした?旅行のこと?」
「、、どっちの味方すんの」
「え?久遠の味方するよ」
珍しく、だいぶ面倒くさい藤崎久遠になってしまっているようだ。
「何で。俺が悪いのかもよ」
「どっちが悪くても、お前の気持ちを1番に考えるよってことだよ。話して。どうしたの」
「、、、りいは、旅行に行きたかったとかじゃなくて、義人といたいんだよ」
「え?」
「俺達が付き合い始めてちょっと経ったくらいから、ずっと義人のことが好きなんだよ、あいつ」
「え」
そして聞かされた喧嘩の理由に、義人は目を丸くして固まってしまった。
「落ち着いた?」
「、、何で誰も味方してくれないの」
「え?」
唐突に自分を睨み上げてきた里音に対して、入山は渡そうと思っていた烏龍茶の入ったグラスを引いた。
(あちゃー、こりゃ相当来てるな、この双子)
何となく全員が察していた里音の気持ちにとうとう藤崎が牙を剥いたのだと知り、入山はどこか救われない彼女に同情して、やはり持っていた烏龍茶を彼女に押し付けて飲ませた。
「ふははっ!何それ。悲劇のヒロインかーい」
「敬子!」
「だってそうじゃん」
一方で、やはり勘のいい遠藤も気が付いていたこの問題に対してあまりにも一方的な落ち込みを見せる里音に呆れ返り、彼女は笑い飛ばすようにそう言った。
遠藤は相変わらずソファの上に座っていて、隣にボフン、と光緒も座った。
入山はとりあえず里音の背中を摩りながら隣に正座して、滝野はずっと隣にいて黙っている。
「私が義人のこと好きになったらダメなの?皆んな分かってたのに止めなかったでしょ?なんで好きになって、一緒にいたいって思ったらダメなの?」
里音の言い分はこうだった。
藤崎と里音はもともと好きなものが良く被る。
二卵性だからと言って、双子だからだろう。
好きな食べ物も、好きな友達も、好きな色も、香りも、色んなものが一緒だった。
ただ絶対的に被らないのが「好きな人」だった。
今までは当然のように藤崎は女の子を、里音は男の子を好きになっていた為、被った試しがなかった。
しかし今回はその唯一の、性別で成り立っていた均衡を藤崎が崩した。
絶対、男は女を、女は男をと言うルールがあった訳でもなかった為、最初は里音自身、義人をどうとも思っていなかった。
ただ、久遠の好きな人。それだけで、いつも通り自分には関係ないと思っていたのだ。
しかし彼らが付き合いだして自分と関わる時間が増えると、それは一変してしまった。
「くうと同じ扱いがいいの。それだけだよ」
彼女は藤崎の持っているものが何でも自分好みだった為、小さい頃から「ちょうだい」とよく言ってきた。
そしてそれに対して藤崎は、2人のものだからといつも諦めて譲ってきたところがある。
彼女からすれば今回もそうだったのだ。
自分も好きになったから、自分も欲しいから、「ちょうだい」とジリジリとアピールしてきたのだ。
そしてそれを藤崎が拒絶して、今、大事になっている。
「ダメじゃないよ」
「敬子、、」
呆れつつも、口を開いたのは遠藤だった。
ポロポロと藤崎に似た顔で美しく涙を流す彼女を眺めつつ、フン、と鼻から息をつく。
「好きになるのに罪はないよ。どの立場であっても好きになるのは仕方ない。知らない間にかかってた病気みたいなもんだし。でもそれを相手に押し付けんのはダメ」
里音はその言葉に涙を増して、睨むようにソファの上の彼女を見上げた。
座り込んだラグにパタパタと涙が落ちて沁みていくのを気にも留めず、下唇を噛む。
珍しく彼女がそんな表情をするくらいには、義人への気持ちがあるのだ。
「だって、そうしないと、義人は私の気持ちに気がつかないじゃん」
「だから、気付いてって思うのはダメなんだよ」
「、、、」
ふんぞりかえってソファにいる姿が、里音からすれば過去にいた苦手な友人の存在を思い出させるようで胸が重くなった。
遠藤は話し方も少しその人物に似ていて、どうにも前から話しにくいと思っていた。
「里音。遠藤の言う通りだと思う」
彼女が黙り込んだタイミングで、隣で何も言わずにいた滝野が口を開いた。
「久遠と同じが良いのも分かるし、義人が好きならそれはそれでいいけど、でも、久遠と同じポジションには立てないし、義人を好きな気持ちは持ったまま誰にもバレないようにしないとダメだと思う」
「何でそんなこと言うの?」
「久遠が可哀想過ぎるだろ」
「、、、」
「小さい頃から久遠が持ってるもの欲しいって言ったらあいつ全部里音にあげてただろ。でももうそれは子供の頃の話しだし、代わりのあるおもちゃとかお菓子の話しだ」
滝野と光緒は大体こう言う役回りが多かった。
双子が喧嘩をすると里音の方について話しをする。
それは多くが彼女のワガママが原因で兄妹喧嘩が起こるからこそだった。
「だって、」
「義人に代わりはないんだよ」
今回、藤崎が里音の話しを聞かなかったように、里音も昔から藤崎の話しを聞かない。
嫌だとかやめてとかは問答無用で突っぱねて来た。
それを落ち着かせて間に入り、何とか彼女を説得して喧嘩を終わらせてきたのが滝野と光緒だ。
「、、、」
滝野のその言葉は彼女の胸にドッと刺さり、胸の中を締め付け、反省する時間ではなく、苦しみを与えた。
いや、苦しい、なんて言うありきたりな表現では表せない。
すぐそこまで迫った失恋の匂いは濃く、強烈で、彼女は思わずまたぼたりと涙を溢した。
最初のコメントを投稿しよう!