第5話「反省」

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第5話「反省」

「私だって好きなの。義人に選んで欲しいよ、くうと私ならどっちがいいか。聞いたことないもん」 諦め切れない現実に里音は周りの誰とも視線を合わせず、それだけ言うと俯いて黙った。 「聞く意味ないよ。答え出てるし」 「、、、」 そう答えたが、遠藤は彼女をいじめたい訳ではない。 のけぞっていた体勢を直し、しっかりソファに座り直すとふう、と息をついた。 光緒は黙って携帯電話を見ている。 (小学生じゃないんだから、こんなことで喧嘩するなよ藤崎、、) 遠藤は寝室に消えていった友人を心の中で責めつつ、「キツイ言い方するなよ」とこちらを見つめてくる入山の視線に、コクン、と頷いた。 遠藤は遠藤なりに、たまに憎まれ口はきくものの義人と藤崎の関係を誰かが邪魔したり壊したりしようと言うのはあまりよくも思えず、本来の彼女なら面倒くさがって黙っていそうなこの場面であえて口を開いていた。 「今だって佐藤が取ったのは向こうの藤崎じゃん」 彼女の声は女性にしては低く落ち着いている。 いつものカラカラと笑う軽い感じはなく、かと言って説教をしようと言う訳でもなく、2人の邪魔はやめろ、弁えろと淡々と話すだけだった。 藤崎や滝野の意見を突っぱねやすい里音からすれば、1番他人であり少し苦手意識のある遠藤の言葉はやたらと胸に突き刺さる。 今も彼女の顔を見る事もできず、ただ俯いていた。 「さっきもアンタとは向き合わなかったけど藤崎の顔はちゃんと見てたよ。どうした?何で怒ってるの?って身体ごと聞きに行ってた。だから、そう言うことじゃないの」 遠藤の言う明らかな扱いの差は流石「恋人」と言うべきもので、確かに義人は里音ではなく藤崎と常に向き合うように行動していた。 里音がどんなに魅力的であっても、女の子であっても藤崎の双子であっても、義人からすれば藤崎でないなら興味がないのだ。 入る隙のない関係にいくら入ろうとしても仕方がない。 それは身を持って、里音自身が本当は良く理解している事だった。 「、、義人、は、」 確かに、藤崎以上の扱いをしてくれた事はない。 どんなに隣に並んでも、義人が笑い掛ける回数は藤崎の方が多い。 それでも彼女は、自分の方を向いて欲しかった。 「里音」 滝野や光緒からしてみても、彼女がここまで取り乱すのは珍しいと思っている。 普段の男相手なら、惚れたとしても相手にされなかった時点で彼女もすぐさま冷めてしまうところがあるからだ。 (義人って結構、魔性なキャラだよなあ) 滝野は今まで藤崎こそ魔性な男だと思ってきたが、そんな彼すらも虜にした佐藤義人と言う人間の出現に驚いている。 何もかも一般人に見えるのに、どうしてこうも面倒そうな、人好きする人間達にモテるのだろうかと不思議でならない。 名前を呼ばれた里音は俯いていた顔を上げ、隣に座っている滝野をぼんやりと見つめ返した。 「里音を否定してるんじゃないし、怒ってもないけど、久遠が可哀想だよ。里音は付き合ってなくても人前で堂々と義人に抱き付いたり腕組んだりできるけど、久遠はずっとそれを我慢してんだよ」 「、、、」 双子だったとしてもあくまで兄として生きてきた藤崎と違い、里音は妹として生きてきた。 見た目の良さもあって周りから甘やかされる事が多く、小さい頃からちやほやされてきたところがそのまま抜けずに成長した彼女の身体には詰まっているのだ。 今更説得しても、義人自身に死ぬ程拒絶されなければ「あれが欲しい」と言うワガママは消えないのかもしれない。 「あいつはずーっと、全部、義人を傷付けないために我慢してるんだよ」 それでも、無口な光緒が黙るのなら、昔のまま、藤崎が里音にぶつけられない思いを代弁してやるのは自分の仕事だろうと、滝野は彼女に言い聞かせるように話した。 「それを彼女でもない里音がして良いとは思わない。何でも欲しいって言ったら手に入るなんてないんだよ。義人は久遠の恋人。義人は久遠以外はいらないんだよ」 また泣き出した彼女は、それ以上は何も言わなかった。 「え、そうなの?」 「本当に鈍感なとき鈍感だよね、、まあその点は俺もかなり苦労したけど」 「あはは、そだな。苦労させたな」 「、、、はあ」 やはり気が付いていなかった。 全くもって、こと恋愛に関しては鈍感でぽわーんと生きている義人は、バチバチにアプローチしていた里音について今藤崎が話すまで、まったくその想いに気づいていなかったのだ。 呆れるような安堵したような、よく分からない疲れが出た藤崎はため息をこぼしながら、隣に寝転がって腕組みをして「え、そうだったんだ?へえ。ふーん?」とアプローチされた記憶を探している義人の細い腰に手を回し、彼を抱き寄せて肩に顔を埋めた。 「鈍感なのは分かるけど、腕組んだり、手を繋いだり、抱き付かれたり、2人で出掛けたり、散々しただろ。ずっとやだったんだよ」 珍しく拗ねている藤崎は「いい加減にしろ」と思いながらも義人を傷つける事は一切せず、ただ自分の中を彼で満たしたくて、まずは彼の身体を抱き締めてその体温を全身で感じる。 冷性なせいもあるのか、いつも思うが自分よりも彼は体温が低い。 「りいにだって好きになるなって言ったし、ならないって約束もした。なのに段々距離近くなってくし、最近もすごいしつこかったし、」 そこに課題の提出やレポートが重なって、疲れも溜まって、今日はとうとう我慢の限界に来たのだろう。 ブツブツと耳元で文句と最近嫌だった事を全部言われ、彼氏として義人は藤崎に申し訳なくなった。 「言えよそれくらい」 「言えないよ。外で俺とそう言うことできないからって、義人にとって友達のりいとのそこを束縛したら、心狭いなって思うだろ。俺のこと」 「はあ、?」 スン、と首筋の匂いを嗅がれる。 義人はその感覚が少しくすぐったくて身を捩り、甘えてくる藤崎の頭に頬を擦り寄せた。 「久遠もたまにバカだね」 安心したような声だった。 「義人相手だとバカになるよ」 「あはは。あのなあ、そう言うのは言えよ。俺が鈍感でガードゆるゆるって話しだろ。それは俺がちゃんとしないとダメなとこだ。まぁ偉そうに言えることじゃないけど。不安にさせてごめん」 別段、本気で、気にしていなかったと言うのが義人の言い訳だ。 勿論藤崎に触られるのは好きで、ドキドキする。 だからこそ外でされると、自分の反応具合で周りから「彼らはゲイなのでは?」と思われそうだから嫌なのだ。 けれどまったく気にしていない人間だと、義人は途端にそんな事を思わなくなる。 滝野に抱きつかれても気にせず、光緒に肩を組まれても気にせず、ふざけて遠藤に後ろから抱きしめられ、そのままグッと身体を持ち上げられても何とも思わないのだ。 (俺ってそんなに軽いの、、?) この程度だ。 里音もまたそうだった。 義人にとって恋愛対象は藤崎久遠だけで、他の人間は眼中にない。 なさすぎるあまり意識する事すらできなかったせいで、今、藤崎にいらぬ不安や不満を抱かせてしまっていた。 「やめるよ、そう言うの」 彼はきっぱりと言った。 「言われたからやめるんじゃなくて、久遠がそう言うの嫌だって感じられなかった俺が悪いから。久遠が色んなこと考えて配慮してくれてるのは分かってるから、俺も久遠が嫌がることしたくない。だから、もうやめる。ごめん。気をつける」 自分より温かい藤崎の身体に包まれているせいか、不謹慎にも、義人は少し眠くなってきていた。 「本当に鈍いよね」 「だからあ、ごめんって。あと何かある?こないだ遠藤に持ち上げられたこととか?あれはもう2度としないから安心して」 「ガリガリ」と言い合っているせいか、義人と遠藤はたまにぶつかる。 先日言い合いになったときに何故か身体を持ち上げられたのだ。 そして、「持ち上げられた」と言う事自体に義人は深く傷付いている。 細いと言われるのが嫌で、藤崎と共に筋トレに励む日々を送っている彼はそれなりに筋肉がついたなあ、と前の日に洗面台の鏡の前で筋肉チェックをしたばかりだったからだ。 「それは別にどうでもいい。遠藤さんのこと女子って思ってないし、下心ないの分かってるし」 「お前、、ちょっとひどいな、、」 ボソ、と眠そうな声で答えた藤崎に、義人はふふ、と笑みが溢れる。 毎日一緒に寝ているからか、お互いの体温が触れ合っていると何だか眠くなるのは自分だけではないらしい。 「あとは?」 「、、ない。里音のことだけ」 「そっか。無理させてごめんな。いつも我慢してくれてるのに」 ぐりぐり、と藤崎の頭に顎を擦り付けると、彼はもぞもぞと動いて義人の肩から顔を上げる。 いじり過ぎて髪型が乱れてしまっていた。 (リビング行く前に直そ) 「2人で何してたの〜?」と入山に言われかねない。 ちょいちょい、と逆立ったミルクティベージュの髪の毛を右手で整えていると、藤崎にじっと見つめられた。 「ん?」 機嫌が直ってきたようで、表情は柔らかく、甘えたな視線だ。 きゅん、と胸が締め付けられる。 (俺は本当に、コイツに毒されたよなあ) 「なに?」と首を傾げつつ、義人は藤崎の整い過ぎた顔面を見つめた。 「キスしたい」 「、、ん?え?今?」 「今」
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