40、新参者

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40、新参者

「んじゃ、決まったら来りゃいい。元々、戻るとこがなくなって来るやつらばっかだしな。そん時ゃ客扱いってわけにゃいかねえが、……そういや俺ら鹿食うぜ」  平気か?と、気遣わしげにヴィルベルヴィントを覗き込むアギレオに、言われてみれば、肉食の獣人と草食の獣人ということだ、と、つられるように鹿の男を見て。眉間に皺を寄せているのに、眉を上げる。 「そいつは獣人への侮辱ってもんだぜ、“お頭”?」 「おっと、その手は食わねえぜ。こいつらに散々やられたからな」  えっ、と、なる暇もなく。動じぬ様子のアギレオと、口許に拳を当てて目を逸らしているリーを、見比べてしまう。 「なんだ。俺達の分も残しとけよ、面白くない」  どういうやり取りなのか、掴みきれず。何か共通の冗句を楽しんでいるらしい三人に首をひねるところへ、叩きつけるような勢いで、玄関の扉が開く。 「お頭! お頭! お頭ァ!」  今度は何事だ、と目をやる先に、(かご)を抱えたリューが飛び込んできて。 「やかましいわ。まだ起きてたのかよ、どうした」  山猫の獣人らしく足音こそ少ないものの、賑やかしく駆け寄るリューに、席に着いた四人ともが目を注ぐ。 「まだ寝てなかった! 赤んぼが落ちてた!」 「――げ、」  なるほど、アギレオへと傾けられた籠には、粗末ながらも布が敷き詰められ、そこにはまだ乳飲み子であろう赤ん坊が、むずむずと身をよじっている。  かわいい。とは思うが、落ちているようなものか?と、首をひねりかけるところへ、ため息をつくアギレオとリーのやりとりで、腹に落ちる。 「捨て子かよ…。人数が足んねえんだっつうのに…」 「久々だな。俺達が越したなんて子捨てが知ってるわけないし、たまたまか」 「こいつ山猫かなあ。山猫だったらいいのになー」  ニンマリと口角を上げて赤子を覗き込むリューを余所に、どうだろうな、誰か乳出るか今、などとアギレオとリーとで首を傾げたり、顎をさすったりしており。  どうしようかというような考慮の余地などない様子に、行き場のない者がここへ流れ着くのだと、先アギレオの言っていたことを改めて実感する。  同じような思いなのか、変わらず物静かながら淡く笑みなど浮かべ、鹿の男も成り行きを眺めていて。 「邪魔したな。話し合いで決まれば、また来る」 「おー。どっちにしても落ち着く先がありゃいいな」  ああ、と。礼を言って席を立つ鹿の男、ヴィルベルヴィントを戸口まで送ろうと、後に続いた。 「気をつけて」 「ああ。ありがとう、美味い薬草茶だった」 「どういたしまして。…幸運を」 「ありがとう。あんたにも幸運を」  声を交わして、立ち去る背を少し見送りながら、ヴィルベルヴィントとその一行はきっと、砦に加わるだろうという曖昧な予感を抱く。  珍しい客が後にしても、続け様に現れた小さな新参者を迎えるため、砦は一日中賑やかな様子となった。  一日の予定を終え、朝は起きてこられたのだから何か食べるだろうと考えながら、食堂へと足を向ける。  陽が落ちて砦の家々には灯りが点り、労働を終えた人間達の穏やかな雰囲気と、寝惚(ねぼ)(まなこ)を開こうと最初の食事にやってくる、獣人達の足取りが交わる。  ともあれ手短に済ませてアギレオに食事を運んで、と、算段する耳に、どこからか赤ん坊の泣き声が届いて、まなじりを緩める。  ミーナの子だろうか、それとも今朝の“落とし子”だろうか。  芳しい香りに楽しい気持ちになりながら、食堂の扉を開けば、溢れるような賑わいに包まれた。  声を掛けてくれる面々と言葉を交わしながら、皿をもらいに厨房へと向かう。なにやら、気のせいだろうか、今夜は食卓の上まで賑やかなようだと首をひねりながら、スープと野菜の皿を受け取り、空いている席についた。 「あッ!」 「おお!?」  お、とか、あ、という声で食堂内が一斉に湧き、何事かと振り返って、目を丸くする。  戸口を潜って現れた、角の生えた長身、褐色の肌。  お頭!お頭!と、あちこちで上がる声が明るい。 「あーあ…痩せちまったなぁ、お頭…」 「逆だよ、ずいぶん戻ったんだぜ」 「よぉじいさん! 久し振りじゃねえか!」 「誰がじいさんだ!?」 「杖ついて歩いてんのを見たぜ!」 「ああクソッ、見られてねえと思ったのに!」  それはそれは、蜂の巣をつついたような騒ぎが、アギレオが歩く周りに起こって、波のようで。  騒ぎの元凶が隣に来ても、己自身にも驚きは続いていて。椅子を引いて、まだ座らぬ長身を見上げる。 「驚いた。出てくるなら、言えば付き添ったのに」 「バカ言うんじゃねえよお前、今の聞いてたかよ」  笑い飛ばす様子に、それもそうか、とこちらでも頬を緩め。 「おう、遅くなって悪ぃな! 今日が約束の豪華な晩飯だ! どいつもこいつも、腹が膨れて立ち上がれなくなるまで食いな!」  よくやった!と、素晴らしく通る声が締め。ワアッと、それはそれは驚くような歓声が上がり、賑わいが続く。 「すごいな」  くすぐられたように、皆の熱気に当てられた己の笑みもなかなか収まらず。  久し振りに埋まった隣の空席に、笑いながら振り返って。 「夜の連中が大分やられて、正直なとこボロッボロだ。そんでも、起きたことの割にゃ、信じらんねくれえ持ち堪えたんだ、腹くれえ膨れねえとな」  うん、と、挟む異論の余地もなく、同意して。元気に大皿から腸詰めや肉を取り分けるアギレオを喜ばしく眺める。 「エールでいいかい?」  掛けられる声に振り返り、ありがとう、とダイナからカップを受け取って。 「驚いた。それで今夜はこれほど豪勢なのだな」  打ち合わせてあったのか?と、向ける目線の先で、誇らしげに笑うダイナの顔は眩しいほどだ。 「そうそ。陽の高い内に声掛けられてさ」  菓子も出すからね、と、粋に片目など瞑って厨房に戻っていく背に、否が応でも期待は高まり。色鮮やかな火焔菜(ビーツ)のスープ、肉の出汁が染みた酸味キャベツ(ザウワークラウト)の煮込みを、エールで楽しみ。  己が退けた煮込みの肉の方をアギレオがつまんでいるのに気づいて、眦がゆるむ。 「アギレオ、ハル、」  いつまで経っても空にはならない席の並びに、器用に皿と椅子を持ち込んで押し込み、正面に陣取るリーに顔を上げる。 「ご馳走になってるぞ」  焼き目のついた腸詰めを掲げてみせるリーに、応じるようにエールのカップを掲げ。 「おう。悪かったな、長えこと走り回らせて。ぼちぼち外のことにも出てっから、適当に休めよ」 「はは! お言葉に甘えてそうするか」  笑って応じるリーに、そうしろそうしろ、と、アギレオが肩を竦めて。  ところで、と、声を低くするリーに、眉を上げる。 「ハル、――アレは、どうなった?」  軍が出張(でば)ってただろう、と、続く声に、頷いて。  リーには、戻ってすぐに簡単に説明したが、アギレオと情報を共有したいということだろう。カップを置いて、そう伝わるようにアギレオにも経緯を語る。  低地で睨み合っていた、クリッペンヴァルト軍、ベスシャッテテスタル軍は共に一万未満の規模。クリッペンヴァルトにとってこれは、五分の一から四分の一程度の兵力だが、自分の把握する限り、ベスシャッテテスタルは同じ数を出すために全軍を投入しただろうこと。 「そんなに違うのか…」 「なんだよ。そんなら普通に国軍出して国ごと轢き潰しちまえばよかったじゃねえか」 「そういうわけにはいかないな。そもそも、魔物から地平を守るべきエルフ同士で、戦などするものではない。それに、ベスシャッテテスタル軍の多くが魔術師だということは、多対多であるほど脅威を増すはずだ」  ケレブシアが一万人いたとしたら、私達が五倍で必ず勝てるか?というのに、アギレオとリーが同時に唸る。  クリッペンヴァルト軍にも魔術師はおり、また、ベスシャッテテスタルよりも兵種は多様だ。勝てないというほどでもないことが、余計に苦しい。  互いに強大な二軍が争うことになれば、両国どころかその周辺に及ぼす被害も、想像を絶する。  だからこそ、ベスシャッテテスタルは長きに渡って斥候を送り、この均衡が崩れる隙を窺い続けているのだ。 「少なくとも、あの場では戦闘は起こらなかった。クリッペンヴァルト軍が引き上げ、ベスシャッテテスタルもそれを追いはしなかった」  眼差しを鋭くして聞き入る二人に、だが、と、少し口許を覆って思案の間を置く。 「…にわかには信じがたいことだが、あの場には、陛下――クリッペンヴァルト国王だけでなく、ベスシャッテテスタル国王、ウイアルハナール陛下もおいでだったそうなのだ」  へえ!?と、目を剥くアギレオと、リーには以前にも話しておいたこともあり、ごく神妙に目だけで頷いている。 「会談の席が設けられた場であれば、私ごときがその御前に姿も見せることはできないからな。…どのような会談がなされたのかは、把握しないのだが…」 「うん!? 国王同士が率いてそんだけの軍隊出して、……ったら、そのまま戦じゃねえのか。戦闘ナシで引き上げたってことは、話し合いで解決したってのか?」  全然分かんねえ…、と、唸るアギレオに、こちらでも眉を寄せて唇を擦る。 「残念だが、私もお前と同意見だ。どういう話になったのか、簡単に憶測で話せるようなことではない」  短い沈黙を、破ったのはリーだ。 「戦になる可能性は?」  振り返って、頷き、だが、思いがけずリーが腸詰めを口に運んでおり、エールを飲みながらの真剣な顔付きに、肝が据わっているなと思わず表情を緩め。  ひとつ息をついて、自分もカップを傾けた。 「ないとは言い切れない。――…戦になるなら、誰もそれに加わらず逃げて欲しい。お前達に任せているのは国境の守備で、正規軍でないのだから、そこに戦への参戦は求めない」 「……はあ…」 「…そうか……」  アギレオが顎をさすりながら唇を歪め、リーが腕組みして、唸る様子に、うん、と相槌を打ち。 「だが、雇われたものとはいえ、ここも国軍の一部だ。まともな進みであれば、何かあるなら王都から報せがあるだろう。それが間に合わずとも、ベスシャッテテスタルの異変に真っ先に気づくとしたら、それはこの砦なのだ」 「ああー…なるほど」 「ベスシャッテテスタルの作戦が奇襲で、気づくのが遅れたら全滅だな…」  開戦に決議したとしても、王同士の会談を経て奇襲はないと思う、と答えるのに、ええ…と、うろんな目を向けられ、眉を上げる。 「エルフルールかあ……?」 「…ちょっと、その感覚は俺にもないな…」 「国同士の正式な戦でまず奇襲から開戦するなど、不名誉だろう」  再びのええ…を浴び、なかなか、価値観というのは相容れぬものだ、と改めて沁みることとなった。
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