幕間、さくらんぼと雪玉

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幕間、さくらんぼと雪玉

「お待ちどおさん! 焼き菓子だよ!」  女性達の声に揃って顔を上げ、そういえば菓子があるとダイナが言っていたな、と、思わず顔が綻ぶ。  大きな皿に山のように盛られ、豪快にそれぞれの食卓へと配られる焼き菓子が、目の前に現れるのが待ち遠しくなるような香ばしく甘い香りを放ちながらやってきて。 「これは…」  見た目の違う二種類の菓子に、大した力の入れようだと驚きながら、次々伸びる手の隙を待って手許の皿へと迎える。 「…こちらはさくらんぼのケーキ(キルシュクーヘン)だな。ダイナ、この丸いのはなんだ?」  忙しなく食卓の間を歩くダイナに声を掛ければ、なんだっけー丸いのー?と、彼女がかける声に、厨房から、雪玉(シュネーバル)クッキー!と、カルラの応じる声が聞こえる。 「雪玉クッキーだって。カルラの母さんがよく作ってたんだってさ」  なるほど雪玉…と、白い粉のかかった丸い菓子を手に取り、しげしげと眺める。何を砕いたものだろうか、と、指に着いたそれを一舐めしてみて、目を剥いた。 「砂糖…!? ここは王宮か!?」 「あンめえ。すげえ、こりゃ美味えな」 「贅沢もここまでくると恐ろしいな…」  不思議な形の雪玉クッキーに小さく齧り付いてみれば、パンのようなものかと思われたのが、サクリと歯が入り、ほろりと崩れる。  ほろほろとした生地からは蜂蜜の香りがし、口の中では、クッキーの香ばしさと砂糖の甘みがふんだんに広がる。 「……!! カルラは一体、どこの姫君だったんだ!?」  思わず首を振り向き厨房へ声を掛ければ、ゲラゲラと女性達の笑う声の後、南の姫君よーなどとおどけた声が返り。 「蜂蜜に砂糖…。小麦粉も上等なものだ…。“よく作れる”ようなものではないぞ…」  王都であればどれも手に入るものではあるが、贅沢には違いない。甘みにクラクラしそうな頭を少し振り、エールを飲んで一息入れてから、さくらんぼのケーキを口に運んで。  こちらは親しみのある少し荒い小麦粉で焼いたケーキで、ほのかながら豊かな香りから、やはり生地には蜂蜜を使っているのが分かる。その生地にもジャムを染ませてしっとりと重くしてあり、混ぜ込まれたさくらんぼの酸味が爽やかだ。 「アギレオ、お前…一体どれほど悪事を働いているのだ…」  100人にも満たない集落で、これほど豊かなところも、他にはないだろう。  慄きながら振り返れば、アギレオが目を背けて舌を出す。 「国軍の騎士様にゃ言えねえようなことだなあ。お前のお陰で、前ほど無茶じゃなくなったけどよ」 「……悪事の上に築かれた贅沢を、口にしてしまったな……」  死した者とはいえ、戦った相手から追い剥ぎまがいに衣装を奪っていることも、実をいえば軍には報告していない。片棒を担いでいるなどというのも、今更ではあるが。 「美味いな…。王都にも持っていってやりたいほどだ…」 「金か材料で売ってやるぜ」 「……お前…」  カルラに尋ねもせずに、と、まるで強盗の口振りだなというのと。呆れた目を向ける頭の向こう、厨房から「金か材料、たっぷりくれんなら作ってやるよ!」と、カルラの声が飛んできて、思わず噴き出す。  まったく、と笑いながらさくらんぼのケーキを囓り。  美味の驚きを、まだこれを知らぬ者と共有したいと巡らせる頭に、ふと思い浮かぶ。 「そういえば、ヴィルベルヴィントはこの砦に加わるだろうかな」  うん?と、眉を上げるアギレオが、紐状のクッキーが絡まって球を成しているのを、手で解きながらつまんでいて。面白そうだと残り少ない雪玉クッキーを手に取る。  切っ掛けを見つけて指で引けば、案外うまく剥がれていくのが楽しい。 「さあ。どうだろうな」 「ヴィルベルヴィントか。ここに来ることになれば、彼の名前も詰めて呼ぶのだろうか。そういえば、詰めた名は誰が決めている?」  アギレオと、正面で菓子を楽しんでいるリーの顔を交互に見れば、二人が少し顎を捻り。 「誰ってこともねえだろう」 「いや。けど、最後はやっぱりアギレオが決めてる気がするな」  ハルカレンディア、と、アギレオはごくたまに己の名を正しく呼ぶが、砦の面々、特に獣人達は短く詰めた名のままで普段から通していることが多い。 「リーは、正しい名ならば“モーントリード”だろう? そこを()るのか、というか、面白い詰め方をするなと感じるが」  そうか?と首をひねるアギレオに頷きながら、ほどいたクッキーを口に運ぶ。齧り付くよりも食べやすく、サクサクとした感触がより感じられて、頬が綻び。 「なんだお前、覚えてないのか」  なかなか豪快にさくらんぼのケーキを頬張っているリーに、なんだっけ?とアギレオが片眉を跳ねて。 「俺がモーントリードで、ルーがモーントブルーメだって聞いて、“なら、リーとルーだな”って言ったんだぞ」  そうだっけ、と笑っているアギレオに、こちらでは思わず膝を打つ思いで。 「なるほど、似た名の、音が違う部分を取り出した、というところか」  もしかすると、夫婦であるから、対になるよう思い浮かべたのかもしれない。名を詰める習慣のない、エルフである己としては、存外に面白く。 「リューは、正しい名ではフリューリングだと言っていた」  メルはデンメルク、レビはケレブシア、と、二人が砦の面子の名を挙げていくのに、なんだか答え合わせの様相を呈してきて。  ええと…と、思い浮かべる中に気がつき、そういえばと瞬く。 「アギレオとナハトは、そのままが正しい名だな?」  そうだな、と、頷きを重ねるリーを見てから、アギレオへと振り向く。 「ケレブシアから、詰めた名をつけるのは、戦闘の時に素早く呼びかけるためだと聞いたが。…ならば、アギレオは号令を掛ける側で、ナハトは身を潜めて戦うのを好むせいか?」 「いや普通に元々短えからだよ」  語尾に被せる素早さで答えられて、少し目を丸くする。  短く噴き出し、笑いを堪えているリーに瞬き。 「そうだなあ…。アギレオは、今となっちゃ“お頭”って呼ぶやつの方が多いし」  短く呼ぶなら“レオ”か?と、楽しげなリーに、なに面白がってんだよ、と応じるアギレオが笑う。  ふむ、と、己も拳を口に当てて、思案を巡らせる。 「では、ナハトなら…」 「いや山犬の獣人が“ハト”じゃお前ぇぇ、ケンカ中にみんなズッコケちまうだろぉぉ!?」  のしりと前触れなく背中に重みを掛けられ、うわっと思わず声が出る。雪玉クッキーに囓りつきながら背に身を凭れているナハトを、首をひねって振り返り。 「こら、座って食べろ。行儀の悪い」  返事のようにというべきか、返事をはぐらかしてととるべきか、鳩の鳴き真似をしてみせるナハトに感心する。 「上手いな…!?」  イヒィと笑いながら、ちょっと寄れよぉ、と狭いところに身を入れてくるのに、こらと叱りながらも椅子を半分譲ってやる。  怪我の具合はどうかと尋ねれば、舐めたら治ったぁなどと(うそぶ)く様に、まったく、と呆れた息をついて。 「狩りにゃ獲物の鳴き真似は基本なんだよぉ」 「絶対違うだろ。お前のはただの趣味だろ」  頭を振るリーに、イヒッとナハトが声を高くして笑う。 「あっ! 狩りといやよぉ、こないだから追っかけてた鹿ぁ。罠ぁ仕掛けてみたから、近い内またご馳走だぜぇ」  アギレオとリーと己で、ぶほっと同時に噴き出す。  一応、殺す前に獣人じゃないか声掛けてみろよ…、と、震えながらアギレオが言うのに、キョトンとするナハトと、口許を押さえているリーを交互に見て。  笑ってもいいものだろうか…、と、しばし唸ることになった。
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