第二話 部屋割り

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第二話 部屋割り

「は?部屋は二部屋頼んでいた筈だが」 「いえ、こちらにある通り、部屋は一部屋で良いと記載されておりましたが……」  宿の受付にそう言われ、彼の取り出した手紙を見てみると、確かに俺の名前で一部屋に変更してくれという内容が記載されている。  筆跡は俺のものを真似ようとしていたが、明らかに俺のものではない。  事情を知っていそうなレオナへと視線を向けると、レオナは後ろめたいことでもあるかのようにそっと視線を逸らしてきた。  もしかしたら、シラバネに御者を頼むのが正解だったのかもしれない。ちょうどレオナが一人でいたので彼女に頼んだだけで、正直、御者の仕事を完遂してくれれば、どちらでも良かったのだ。 「レオナ、これはどういうことだ?」 「……きだから」  しびれを切らした俺の問いに対して、レオナが俯きがちに何か言っていたが、声が小さくて良く聞き取ることが出来なかった。 「は?」 「……すきだから」  頬を赤らめるレオナが、そっと俺の耳元でそう囁いた。 「……部屋は二百三号室で良かったな?悪い、手間を取らせた」  口早に受付にそれだけ伝え、男から部屋の鍵を受けとった。 「いえ、ごゆっくり」  意味ありげな笑みを浮かべた男に見送られ、足早に階段を上がる。  部屋に着いたところで、真っ先に窓を探した。 「……オリビアをつれてくるから」 「うん」  窓開け、そこから飛び降りて注馬所に向かい、荷台から眠っているオリビアを抱きあげると、窓の下まで歩いて飛行魔法で部屋へと戻る。  そのままソファーの上にオリビアを降ろした。 「それでレオナ、さっきの話だが……」 「うん……」 「結局、何で部屋を一つにしたんだ?」  レオナが“友人”として俺に好意を抱いていることはオリビアから聞いて知っていた。  ただ、何故レオナが部屋の数を減らしたのか、それが俺にはわからなかった。 「えっと、その……」 「──話せないならそれで良い。無理に聞くつもりはないからな」  少し待ってみたが、彼女が話す様子はなかったので、この件については保留にする。  彼女の本意はわからないが、何かあるなら言ってくるだろう。 「ごめんなさい……」 「気にしないでくれ。この状況で御者を引き受けてくれただけでも感謝してるんだから」  少し気落ちしているようだったので、レオナの元へと近づき、彼女の頭をそっと撫でる。 「うん……」 「取り敢えず、ベッドはレオナが使ってくれ。俺はこっちにするから」  レオナから離れてオリビアの向かいにあるソファーに向かい、寝心地を確認する。 「あ、えっと……」 「気にしなくていい。俺は慣れてるから」 「ベッドは大きいし、二人で使えるんじゃないかなって……」  レオナの顔が目に見えて朱に染まっていることから、それがどういう意味を持つかは分かっているのだろう。 「いや、さすがにそれは不味いだろう」 「ルシェフさんになら、良いよ……」  レオナが少し気恥ずかしげに言う。  彼女の一挙一動に鼓動が速くなるのを実感した。 「だが……」 「……嫌だった?」  哀愁漂うレオナが、俺の様子を窺うように尋ねてくる。  据え膳食わぬは男の恥か……。というか、普段フードで顔を隠しているだけでレオナ自体が普通に可愛い部類に入るから、そういったことをしたくないと言えば嘘になる。  少し問答はあったが、最終的にはなし崩し的に彼女と一夜を共にすることにした。  翌朝、近くで何かが動いている物音で目を覚ますと、先に目を覚ましていたらしいオリビアが、縄をほどこうとしているのが見えた。  横で眠るレオナの頬に軽く口づけを落としてから起き上がると、服を着直して案の定暴れていたオリビアの元へと向かう。 「オリビア、良く眠れたか?」 「んー!んーー!!」  少し顔を赤くして必死に暴れているオリビアに、宿の中だから騒ぐなよとだけ伝えて猿ぐつわを外してやる。 「すぐにほどいて下さい!」 「ほどいたら、逃げるだろ?」 「逃げないので、お願いします ︎」  やけに必死な様子に、何か企てがあるのではないかと邪推してしまう。 「本当に、お願いします!!絶対に逃げないので!」 「やけに、必死だな。何かあるのか?」 「急がないと、……れちゃうので」  先程までの威勢は何処へやら、オリビアが急に耳の先まで赤く染め、蚊の鳴くような声で何かを言っている。 「何かあったの?」  オリビアの声で目を覚ましたのか、レオナが乱れた着衣のままで、寝ぼけ眼を擦りながら覚束ない足取りでこちらへ向かってくる。 「レオナさん、助けてください!!早くしないと、…れちゃうので!」  レオナは無言のまま、おもむろにテーブルに置かれていた果物ナイフを手に取ると、それでオリビアの縄を切る。  縄を切ったレオナが部屋の一室を指で指すと、オリビアはその部屋に駆け込んでいった。  彼女の指した部屋を見て、俺はとんでもない勘違いをしていたことに気づく。この事も、後で彼女に謝らなくてはならないだろう。 「レオナ……」  唖然としてその様子を見ていた俺がレオナの名を呼ぶと、彼女から蔑むような視線が送られてきた。 「その……服は着直した方が良いと思うぞ」 「っ!」  自身の状態を見て耳の先まで真っ赤になったレオナが、慌てて服を着直す。 「すいません、お待たせしました」  それから程なく、事を済ませたオリビアが戻ってきた。 「その……さっきは、悪かったな」 「ブラウンさんには色々と言いたいことはありますが、それより、何故、先程レオナさんの着衣が乱れていたのでしょうか?」  オリビアがレオナを見て少し意地悪そうな笑みを浮かべている。彼女がイライラしているときに見せる表情だ。 「えっと、その……」 「ブラウンさん、何故、彼女は答えられないのですか?」 「あんまり苛めてやるな」  意地悪そうな笑みを浮かべているオリビアの元へと行き、宥めるように彼女の頭を撫でる。 「すいません、色々ありすぎて、少し混乱していたみたいです……」 「分かれば良いよ」  甘えた声のオリビアにそう伝える。 「……それで、何故、レオナさんの着衣のままが乱れていたのでしょうか?」  声はいつもの調子に戻っていたが、彼女の行動は変わらなかった。 「分かっていることを聞くな」  オリビアの表情を見る限り、何があったのかは絶対に知っているはずだ。 「何ですか?《幸せの青い鳥(コウノトリ)》でも探してたんですか?」 「……オリビア、実は腹減ってないか?」  まだ、オリビアの機嫌があまり良くないようなので、機嫌を取りにかかる。 「減ってます」  瞬間、俺の意図を察したオリビアが満面の笑みを浮かべた。 「じゃあ、少し早いけど朝食にしようか。オリビア、念のためにフードはしっかり被っていてくれ」 「分かりました」  オリビアが素直にフードを被ってくれたので、そのまま三人で宿を出て手頃な店を探す。 「あそこが良いです」 「そうか」  オリビアがこれ見よがしに豪華な外装の高そうなレストランを選んできたので、なるべく平静を装ってそう答える。  強かななのも、彼女の冒険者としての性だろう。  レオナが少し心配そうな顔をして俺の方を見ていたので、軽く彼女の頭を撫でて大丈夫だと伝えた。  店内に入り、各人が注文を済ませてから数分、俺たちのテーブルにロブスターやソーセージ、ステーキ大差ない大きさのサーモンやら、パンケーキ等が届けられた。  届いた品に目を輝かせる二人に対し、俺だけは顔をひきつらせる。  何がヤバイかって、この店、“メニューに値段が書いてなかった”。  この後の請求額が怖すぎるんだが……。 「ブラウンさんは食べないんですか?」  もはや苛めなんじゃないかというくらいにハチミツのかけられたパンケーキを幸せそうに頬張っていたオリビアが、不思議そうに俺の方を見てきた。 「食べる」  考えても仕方がないので、俺も頼んだソーセージにハチミツをかけて頂く。  他所ではベーコンやソーセージにハチミツをかけて食べる習慣はないようだが、これが中央の国では、ポピュラーな食べ方になっていた。 「さて、そろそろ本題に入りませんか?」 「そうだな」  パンケーキを食べきって満足したのか、いつもの調子に戻ったオリビアが、俺に説明を促してきた。  今後、行動を共にするようにオリビアを説得するためにも、彼女を拘束するまでに至った経緯を説明する必要があるだろう。
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