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第六話 饒舌の魔女
「良かったな、ルシェフ。両手に花じゃないか」
銀髪の青年は、俺が席に着くなり二人の様子を見て心底楽しげに笑う。勿論、二人の機嫌が悪いことを知ってのことだろう。
「あぁ。ここまで役得感のある旅はなかったかもしれない」
勿論、彼が本心からそう言っているわけではない。ただの嫌がらせだ。
俺にもそれがわかっていたので、敢えて多分に喜色を含めて返した。
彼の名前はノア・ガルシア。現在ストルワルツの受付をやっている、俺の元パーティーメンバーの一人だ。
「──ん?今日は乃愛とは一緒じゃないのか?」
先程嫌がらせをされたので、こちらも皮肉を返す。
「さすがに、アイツもこんなところにまで来ねぇよ……」
乃愛というのは、ストルワルツに所属しているパーティーの一つ、《八尺の勾玉》に所属している冒険者で、ノアとは友達以上恋人未満の関係だ。
ギルド内では、二人でいるところを良く目撃されているため、二人セットでノアコンビと呼ばれることもあった(実態は乃愛が彼に付きまとっているだけだが)。
因みに、《八尺の勾玉》のメンバーは、ノアの所に行けば乃愛に会えると思っている節があるため、ノアは彼らともそれなりに交流がある。
「何か頼みませんか?」
どういうわけか、先程より少し機嫌の良くなっているオリビアに促され、各人注文を済ませる。心なしか、レオナの機嫌も良くなっている事に気づいた。
「それで、依頼の件だが……」
「ルシェフ、そういう無粋な話は無しだ。仲間を守るのに理由なんていらねぇよ。俺も帰る所だったしな」
俺がレオナの件を伝えていたからか、酒を飲まずに待っていてくれたノアに護衛依頼の話をすると、すぐに依頼を断られてしまった。
……依頼の報酬に出す予定だった金でここの支払いくらいは持たせてもらうことにしよう。
「こっちに来るときに、ゴブリンの群れに遭遇したから、それだけ気を付けてくれ」
「わかった。行きがけに喧嘩を売られたから、奴等の集落を潰しておいたんだが、まだ生きてるのがいたんだな……」
気怠げにノアがそう漏らす。この様子なら、帰り道も心配はなさそうだな。
俺たちが注文してから数分が経ち、注文した品が続々とテーブルに揃い始める。その中にはノアの頼んだ酒も入っており、全員の酒が届いたところで、シラフの内にレオナに声をかけた。
「レオナ、俺の能力のことだが……」
「分かってる。誰にも言わないから」
「助かる」
能力の件も問題なさそうなので、待ちに待ったビールを煽る。
レオナも俺に合わせて一思いにビールを煽って少しむせていた。レオナが酒を飲むイメージは今までなかったし、もしかしたら少し苦手なのかもしれない。
「大丈夫か?」
俺の言葉に小さく頷いて応えたレオナの背中をさする。
「あんまり無理するなよ」
「うん……」
そう言いながら、レオナが甘えるようにそっと肩を寄せてきた。
「ノア、部屋は何号室だ?」
「三百三十一号室だ」
「わかった」
ノアが酒に飲まれる可能性もあるため、念のために部屋の場所だけ確認しておく。
「ルシェフさん」
「何だ……っ!」
レオナが振り向いた俺の唇に触れる程度のキスをしてきた。
「レオナ?」
普段と違う彼女に、少し心配になって様子を見ると、楽しそうに笑っている様子が伺えた。飲んだのは一杯だけだが、完全に酔いが回ってそうだ。
「やけに気に入られてるじゃねぇか」
「うるせぇ」
向かいから俺たちの様子を見ていたノアが酒と共に俺たちのことも“煽って”くる。
「そうだ、ここの支払いくらいは持つからな」
「本当か?」
「嘘吐いてどんすんだよ……」
俺の言葉を聞いたノアが急に真面目な表情へと戻り、再びメニューに目を通す。ノア・ガルシアは、間違えてもここで自重をするような人物ではなかった。
「飲むぞ、野郎共!……野郎がいねぇ!?」
追加の酒が届くと、ノアが宴の音頭を取るが、勿論誰も彼に応えるものはいない。
多分、勢いだけで言ったんだろう。ノアが一人でノリツッコミをしていた。
見てて少し可哀想になってきたので、グラスを前に出して小さく乾杯だけしてやる。
彼の方もそれなりに酔いが回ってそうだ。先に部屋の番号を聞いていて良かった。
「……」
先程から一言も発していないオリビアの方に目を向けると、《沈黙の魔女》がジャッキ片手に黙々と《饒舌の魔女》へと昇華するための儀式を執り行っていた。
絡まれないうちにと、オリビアからそっと目を逸らすと、俺の視線に気づいたのか、彼女に肩を掴まれる。
「何で目を逸らしたんですか?」
絡まれると面倒だったからだよ!
「いや、少し様子が気になっただけだし……」
「今、面倒だとか思ってましたよね?」
何故それがわかっていて彼女は声をかけてきたのだろうか……?
「そ、そんなわけないだろ」
後々面倒になるので、一応、否定だけはしておく。酔っているように見えて、意外に記憶だけはしっかりしているようだからな。
「レオナさんには構って、私には構ってくれないんですか……?」
哀愁を帯びた声に少し罪悪感は募るが、正直、饒舌の魔女に構うのは面倒だった。
「悪かったよ」
機嫌を取る意味を含めて軽くオリビアの頭を撫でる。
「……何が悪かったと思ってるんですか?」
「いや、君のことを放っておいたから…」
「そんなんだから、ブラウンさんは駄目なんです!」
俺の答えを聞いたオリビアが声を荒げる。もしかして、何か返答を間違えてしまったのだろうか?
「何で、ブラウンさんはそうなんですか⁉︎周りの娘はおろか、精霊にまで好かれているのに……」
「待て、オリビア。それはどういう意味だ?」
オリビアの言葉の中に無視できないものが入っていたため、彼女にそれを問いただす。
「ブラウンさんが【精霊の加護】を持っているって噂が広……あっ」
ここにきて、オリビアも何か察したみたいだ。それだけこれは重要な情報だった。
現に、酒場を包んでいた喧騒が途端に止み、先程まであった周囲からの殺気のような視線が、瞬く間に奇異のものへ変わっていた。
「あいつふざけてるって、アリスも言ってたよ……?」
未だに状況を理解していないのであろう。俺に抱きついて眠そうにしていたレオナが、出来れば知りたくなかった情報をくれる。
俺が【精霊の加護】を持っていることは、以前首都でクーデターが起きた際に臨時パーティーとして共に行動したナタカレス、ノア、シラバネ以外には知らないはずだ。
そのときは、パーティーメンバーが全員エルフで構成されている《スピリッツ・サーヴァント》のメンバーがうるさいから、と彼らに口止めをしていたので、そこから情報が漏れるはずもないのだが……。
「まぁ、アリスさんに関しては、あいつにレオナはやらん!って言ってたので、その事だけが原因ではないでしょうけど」
オリビアが無駄にクオリティの高い声真似を披露してくれる。
……どうやら、状況は俺の想像よりさらに悲惨だったようだ。
「取り敢えず先に言っておくと、俺は【精霊の加護】なんて、持ってないからな」
「だよな!ただの雑用係が【精霊の加護】持ちなんて、何の冗談かと思ったぜ!」
ノアがすぐに同調してくれて助かった。
「ですね、良かったです。剣だけならともかく、魔法までスキル持ちだったらどうしようかと思ってたので!」
オリビアまでもノアに同調して誤報であることを伝えようとしてくれている。
普通、剣のスキル持ちが魔法系のスキルを持つことはあり得ないので、理由として十分だろう。
その後、ゆっくりと酒場内に喧騒が戻り始めた。どうやら、何とか誤魔化せたようだが、あまり心臓に悪い噂は止めて欲しかった。
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