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第九話 手紙来ず
俺が目を覚ますと、床でうつ伏せに倒れているオリビアが目に入った。
「──オリビア、大丈夫か?」
「おはようございます……酔い止め、は……ありませんか?」
俺が起きて早々、青い顔をしたオリビアが酔い止めを求めてきた。
あれだけ飲めば当たり前ではあるが、どうやらしっかり二日酔いになっているようだった。
「ちょっと待っててくれ」
ベッドから起き上がり、ベッドから手近に置いてあるバッグを手に取ると、そこから酔い止めを出してオリビアに渡す。
「ありがとうございます……」
酔い止めを受け取ったオリビアが少しだけおぼつかない足取りで洗面台へと向かっていった。
「少しノアのところに行ってくる」
「はい……」
オリビアに一声かけてから、俺の部屋より一階上のノアの部屋を目指す。部屋の前に着くと一先ずノックをしてみたが、ノアからの反応はなかった。
「入るぞ」
部屋の中に入って確認すると、ベッドにはノアの姿がなかった。彼の部屋の中には嫌な臭いが微かにしていたので、恐らく、彼はあそこにいるはずだ。
そう思ってお手洗いを目指すと、案の定、昨日の夕食を“廃棄”しているノアの姿を確認することができた。
「大丈夫か?」
「ルシェフか?ちょうど良いところに…今、酔い止めを持ってないか?…おぇ」
「酔い止め、ここに置いておくぞ。昼は、後で適当に買ってきてやる。じゃあな」
あまりこの場にいたくはなかったので、酔い止めだけ置いてさっさと自室へ戻ることにする。
「ルシェフさん」
ノアの部屋を出てすぐ、こちらへと向かってくるレオナを確認することができた。
「何か用か?」
「ううん、用はないよ。一緒にいたかっただけ」
「そうか」
三階にいても特にすることはないので、そのまま自室に戻る。
「……ルシェフさん、説明を」
部屋に戻ると、レオナがベッドで休んでいたオリビアを見て、彼女から絶対零度の視線が送られてきた。
「いや、これは……」
「すいません、昨日はブラウンさんと二次会までやったので、ちょっと二日酔いがひどくて……でも、少なくても、レオナさんの考えているような事にはなっていないので……」
「──二次会?」
オリビアが不調を押して何とか説明すると、彼女の言葉を聞いたレオナの目つきが更に鋭いものになる。
「レオナ、取り敢えず昼食に行かないか?」
「……」
レオナの機嫌をとるように昼食に誘うと、彼女は何か言いたそうではあったが、取り敢えず頷いてくれた。
「オリビア、帰りに君にも何か買ってくるから」
「ありがとうございます……」
死にかけのオリビアにそれだけ伝え、部屋を出る。
アリスが朝一に手紙を書いて送っているなら、早ければ十五時頃には着くはずだ。それまでに戻ってくれば大丈夫だろう。
「それで、何でオリビアはルシェフさんのベッドで寝てたの?」
宿を出る頃には、幾分か落ち着いたレオナが真相の究明にかかってくる。
「二日酔いで休んでただけだよ」
「なら、良いけど……」
未だに俺たちを疑うレオナの頭を軽く撫で回す。
「何?」
「何でもない」
「そう」
不思議そうにこちらを見てきたレオナに、軽く笑いながら深い意味は無いことを伝えると、彼女も小さく笑みを浮かべた。
昼食を済ませた俺たちが宿に戻り、二人に昼食を届けた後は、レオナと二人でアリスからの手紙を待つことにする。
暫く経ち、再び複数の手紙の入ったバッグを背中にくくり付けられた大きめの鳥が、手紙を宿に届けに来た。
「来たっ……!」
それを見たレオナが嬉しそうに受付の方に駆けていこうとしているので、慌ててそれを止める。
「待てレオナ。あんまり受付の人を困らせるな」
「ごめんなさい……」
受付の人が、少しだけ苦笑しながらこちらの様子を見ていた。
現在の時刻は十五時を少し回ったところだ。レオナとの昼食を終えてから二時間が経つ。
十四時の少し前にも手紙は一度届けられたが、そのときにアリスからの手紙はなく、彼女から手紙が届くなら、十五時の便が本命のため、レオナが駆け出そうとするのも無理はなかった。
数分後、受付の人が手紙の仕分けを終えたタイミングを見計らって二人で受付に向かい、アリスからの手紙があったかどうかを確認する。
「手紙、来てないですか……⁉︎」
「それじゃあ、分からないだろ。アリス・ク二ージ・ヴァイスという人物から、二百八号室のレオナ宛の手紙は来てませんか?」
公然の場でヘルキャットの名を出すわけにはいかないので、名字の方は省略させてもらうことにする。
「少々、お待ちください──特に来てないですね……」
「そんなはずない!もう一回、ちゃんと調べて下さい‼︎」
先程まで小型犬のようにテンションの高かったレオナが、受付の人の返事を聞くなり、今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「一応、調べてはみますけど、期待しないで下さいね……」
「お願いします……」
泣き出しそうなレオナの頭を優しく撫でて宥める。
「……やっぱり、来てないですね」
「……」
「ありがとうございます」
受付の人の申し訳なさそうな声を聞くと、レオナの目尻に涙が浮かんできたので、礼だけ伝えて、受付の人の邪魔にならないように慌てて先程まで座っていたソファー席まで戻る。
「まだ、時間外の便を使う可能性もある、よね……?」
「あぁ……」
今の俺には、泣き出しそうなレオナに対して、そう答えることしかできなかった。
アリスには毎朝早くにギルドに顔を出す習慣があるので、そのときに返事を書くはずだ。なので、時間外の便を使う可能性は限りなく零に近い。
それはレオナも知っていることだったが、夕方までに手紙が届くと信じたいのだろう。
「レオナ……」
「もう少し、後五分でも良いから……」
時間的にも手紙の届く可能性はなくなっていたが、既に音もなく泣いてしまっているレオナは、俺の袖を掴んで離そうとしなかった。
個人的には、手紙関係なく連れていきたいと思い始めていたが、出来るならアリスからの返事を貰いたかったため、まだ宿に残っていた。
「レオナ、君が望むのなら、西の国に連れていっても良い。本当なら、アリスの返事を待ちたかったが、時間もないか──」
「──ルシェフさん……‼︎」
俺が言葉を紡ぎ終えるよりも早く、俺の言葉を理解したレオナが力一杯に抱きついてきた。
「レオナ。その……ほら、ここも公共の場だから……」
「──っ!」
俺が言い辛そうにそう言うと、状況を理解したレオナが慌てて俺から離れる。
「……ごめんなさい」
「いや、わかればいい」
少し人目を集めてしまったので、一度部屋の方に戻ることにし、さらに待つこと一時間半、俺たちもそろそろ次の宿を目指さなくてはならない時間が近づいてきた。
俺たちは少し前に荷物を持ち出してロビーに再集合しており、そのときから合流していたオリビアとノアを含めた四人で手紙を待つものの、結局手紙が届くことはなかった。
「ノア、悪いが馬車の方を頼めるか?」
「おう。──じゃあな」
「あぁ、また何処かで」
俺たちが行きに使った馬車をノアに任せ、宿を出ることにする。
「──ハッ!ルシェフ、ちょっと待ってくれ!」
俺たちが宿を出ると、宿にいたノアが慌てて追いかけてきた。
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