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あけましておめでとうございます。好きです。付き合ってください。
一足飛びに突っ走った俺を、先輩はニヤニヤと面白げに笑った。
マフラーにたわんだ黒い髪が、吹き抜けた北風にはらりとなびく。猫目を三日月に型取り、先輩はいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「やあ、珍しいタイミングで告白してくるものだね」
「新年がちょうどいいと思いまして」
「ほうほう、なるほど。偶然にも、私ももし誰かに告白するなら新年がいいだろうなとは思っていた。
君の理由を聞こうか」
まさかこの頭の回転が妙な方向に回る先輩と、単純明快な俺の意見が一致するとは思わない。驚きに一言目が詰まったくらいに。
「いや、ただ、三ヶ月したら先輩が卒業してしまうから、それまでにせめて思い出をと」
「はーーー…… なるほど。今まさに受験を控えている私の都合は取るに足らんと」
「いえいえ、受験があるからこそ、受験の前に確約したい感じです」
「また素直にぶっ飛ばしたいことを言ってくるもんだね。君のそういうところ嫌いじゃないよ、好きでもないが」
「振られましたか?」
すっとぼけてみると、先輩はあははと快活に笑う。怒ってはいないようだ。俺もまた、この先輩だからこその物言いで、だからこそこの先輩が好きなのだ。
「そこはひとまず置いておこう。私の理由も聞いてくれよ。
なんと君と同じ理由だ。三ヶ月後に卒業するからだよ」
「意外にロマンを求める」
「ロマンかなあ」
うーん、とマフラーの奥で細い首が傾げるのが分かる。黒いマフラーに隠れのは、白く、細い首だ。
俺がそこに釘付けになったのを察したように、先輩は猫目を笑わせる。お前の考えなど全部お見通しだぞと言わんばかりに。
「テセウスの船を知っているかい」
「先輩の好きそうな言葉だなというくらいには」
「さすが私を好きなだけある」
うんうん、と先輩は満足気に頷く。なんとなく悔しい気持ちがあるが、否定しようもない、そのとおりだ。
テセウスの船とはパラドクスの一つだ。それを構成するパーツがすべて新しいものに置き換えられたとき、それは置き換えられる前のものと同じと言えるのか。
「人の細胞は三ヶ月ですべて入れ替わる」
ふふ、と先輩が笑う。彼女の言いたいことが分かった。
彼女が先に何かを言う前に滑り込む。
「三ヶ月後の先輩も好きです」
「65点だね」
「採点制になってしまった」
「7割は取ってほしいな」
「割といい線いってるってことですか」
「不採用なのは変わらないんじゃない」
恋って採用不採用の話だったろうか。
はて、と首を傾けそうになったところで木枯らしが通り抜け、俺はぎゅっと首を竦めた。
「君もだよ」
風に散らされかけた先輩の言葉は、しかし俺の耳に辛うじて届いた。
「君も三ヶ月後は、別人だ。君は君と言えるのかい。
今の気持ちを三ヶ月後に再回答する、最後のタイミングだと思ったんだよ、私はね」
卒業してしまうからね、と半分マフラーに埋もれた小さな口が形どる。
通学路の途中だった。正月早々から受験のための補講があったらしい。その帰りを狙って声を掛けたのだった。太陽は高い位置にあるが、空気がとにかく冷たい。
三ヶ月もすれば、この季節も変わっていくだろうか。三ヶ月後の新しい自分は、三ヶ月前のこの冷たさを知らないかもしれない。
「三ヶ月待たずとも私たちは常に小さな置き換えをしている。常に変わり続けている。
その中で、変わらないものがあるならば、それは信じて良いと思うよ。
私が何を言いたいか、私を好きな君は分かるよね」
「ええと…… 三ヶ月後に、首を洗って待っていろ」
「君の中の私のイメージがよく分かったし、私に足を運ばせるつもりなの根性あるね」
「照れますね」
言ってみると、先輩はちょっと引きつった笑いをする。初めて見たのでけっこう嬉しい。
冗談はさておき、俺は言い直した。
「三ヶ月後に、また来ます」
「ああ、そうしてくれ。
三ヶ月後、新しい君で三ヶ月前と同じ気持ちを持っておいで」
慎重なのかもしれないし、ただ受験前に荷物を抱えたくなかっただけかもしれない。あるいは(そうしてこれが一番可能性が高いが)、遊ばれただけかもしれない。
その回答は、三ヶ月後の俺たちに託そう。
新しい俺は、きっと今日と同じ言葉を新しい先輩に告げるのだ。
「卒業おめでとうございます。好きです。付き合ってください」
一足飛びに。
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