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「赤福氷、最近ネタの傾向変わってきたよな。アップデートかかったみたいな」
「そうですね……」
「やっぱ大喜利王決勝のコンビ対決が効いてんのかね」
「そうですね……」
「韓国の首都は?」
「ソウルですね……」
「いやちゃんと聞いてての空返事はタチ悪いよお前」
と横から軽めに肩をどつかれ我に返る。ついついライブ後の流れをシミュレートするのリソースのに大半を割いてしまったが、いま目の前にいる彼との時間をおざなりにしてしまうのでは本末転倒だ。
「すみません。おれお笑い生で観るの初めてで……すっげー楽しみにしてたけど、その分なんか、緊張してきた……」
席に着いて誤魔化し誤魔化しそう発し、手のひらにかいた汗をズボンで拭う。
ライブが初めてなのも、緊張しているのも本当だ。けれど、理由は全く別。ほとんど嘘。やっぱり嘘をつく時は、本当のことの中に忍ばせるに限る。
「ああ。ちょっと分かるな。俺も東京来てすぐの頃に初めて新宿の劇場行った時、結構緊張した。でもやっぱ、楽しかったし興奮するよ」
「え、ちなみにそれって一人でですか?」
流石にデートでお笑いのライブには行かないよな!? いや、逆にそういうの一緒に行ける子って居たらこの人にとって貴重過ぎて手も足も出ん!! と拭いたそばからまた手のひらに汗をかき、彼の横顔を見る。
「は? 一人でだが? なんか文句あんの」
夕真は不服そうに、実に不機嫌を露わにして重陽の顔を見上げる。
「いえ。安心しました。そうこなくっちゃ」
目が合うだけで心が高速振動し、うっかり短い本音が漏れる。
「どう言う意味だよ」
「マニアック過ぎる趣味のひとつひとつに、一人っきりでガーッと邁進するコミュ障の陰キャ……先輩には、そういう孤高のオタクであって欲しいと思っている節がおれにはあるので」
彼に理解を示し支える人間は、この世にたったのひとり、このおれさえいれば充分だ。そんな気持ちを込め、本心からの笑顔で応える。
「お、なんだお前。バカにしてんのか?」
「そんなまさか」
会場の照明が落ちた。
「おれは先輩の、そういうところが好きですっつってんすよ」
と囁いた声は、ほんのジャブだ。
どう言う意味にも取れる言葉で愛の告白をするのは悪手。しかし、前振りなく突然告げるには重過ぎるので、フラグを立て、積み上げて積み上げて様子を──空気を「窺う」のではなく「作る」のだ。
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