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部室に残してきた後輩からは「先に帰ります」と携帯に届いていた。なので職員室でまた鍵を借り、乾燥棚から写真を降ろし裏打ちをしてから、厚紙のストレッジボックスに入れてやる。
「うわ、厳重っすねえ。なんか勿体ない。おれ、こんな大層に扱ってもらうほどイケてねーって感じ」
写真を扱う夕真の手つきを興味深げに目で追いながら、喜久井は肩を竦めた。
「大層に扱ってるのは別にお前じゃない。写真だ」
ことさら特別なことをしているわけではない。と言いたかっただけなのに、なんだか彼を下げたような言葉になってしまい夕真は少し慌てた。けれど喜久井は「そっか。そっすね」と頷いて、ずっと楽しそうに夕真の手元を眺めている。
「てか、自分でフィルム現像できるってすごくないすか。おれ、スマホのカメラしか触ったことないんすけど」
「別にすごくはないけど……普通はそんなもんじゃない? うちの部だって、フィルムやってるのは俺だけだし」
「マジで!? もったいなーっ! せっかく立派な暗室あんのに!」
こんなチャラい陽キャの言うことなんか、調子がいいだけで信用ならん! と思っているはずなのに、どうしてもうっかり真に受けそうになる。
「先輩はいつからフィルムやってんすか? なかなかシブい趣味っすよね」
なぜなら喜久井は、いやにキラキラした目でまっすぐに夕真のことを見つめてくるからだ。陰キャは虫と同じで、光と見るとほいほい引き寄せられてしまう性質を持つ。
「カメラは小学生の頃から触ってたかな。じいちゃんが好きなんだ。写真」
むこうがノーマルでこちらがアブノーマル。弁えているし諦めてもいるが、むこう側の人間に迎え入れてもらえるような動きを見せられると、悲しいかなうっすら嬉しくなってしまう。
そして大概の場合で、光源に近付き過ぎた虫はあえなく「キモっ」の一言で焼き殺されるのだ。分かっているのに、虫は季節を問わず何度でも火に飛び込む。
「へー。じゃあ、おじいさんに色々教えてもらったんすね。いーなー。うち、父方も母方も祖父母が遠方なんすよ。父方が東京で、母方なんかスコットランド!」
羨ましそうに発せられた喜久井の言葉には、ひと含みの嘘も打算も感じられない。だからかえって胡散臭い。
「……お前、悩みなさそうってよく言われない?」
「あ、やっぱそう見えます?」
「そうとしか見えない」
「ちぇー。こう見えて、結構いろんなこと気にしいなのにな」
「だとしても、そういうとこ人から隠すタイプだろお前」
夕真がそう言うと喜久井は一瞬だけぎょっとしたような目をして、それに驚いた夕真の目も泳いだ。反応が、予想の真反対だったからだ。
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