15、愛日と落日⑧

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 バスは学校前の停留所に着き、剣呑な会話は降車の人並みに断ち切られた。ステップを降りると彼は不意に振り返り、同じバスに乗り合わせていたらしいほかの部活のクラスメイトに気安いムードで声をかける。  重陽はひとり黙って校舎へ向かった。誰かを追い越すことはあっても、追い抜かれることはない。ひとりでも、胸を張って前を向いて、早足で歩く。  そう。そう! この感じだ! 歩いてる時も!  よしよし、大丈夫。とひとりでうんうん頷きながら、一歩一歩のっしのっしと歩みを進めていった。  走っている時の、トップスピードに乗った時に似たフラットな孤独感。心地よい「無」の状態。それを保っていられれば、走っている時でなくても全方位に「誠実」な自分が保てるような気がした。ものの──。 「チョーさんはざいーんす! 盆の間イッチョマエに練習休んでだって聞きましたけど、インハイ捨てたんすか?」  後ろから遥希に強く肩を叩かれ、一気に頭に血が上った。 「おー。遥希か。おはよう。お前こそ、ジュンちゃんとよろしくやってたんじゃねえの?」  咄嗟に嫌味が口を吐き、我に返って自己嫌悪。 「いやまあ確かにまあまあよろしくヤらせて頂きましたけどお、俺のポテンシャルはその程度の両立とかラクショーなんで! マジで心配とかされる筋合いないっすね!」  遥希はまともな神経で相手をしていたら眩暈を覚えるようなクソ野郎だが、吹っ切れ過ぎてて逆に感心する。  確かに彼は八百万人の神様を味方につけたようなポテンシャルの持ち主なので、これで性格まで謙虚で真面目だったりしたら、重陽みたいな人間はかえって発狂していたかもしれない。 「遥希はは本っ当にイイ性格してるな。なんかほっとするよ。有希もおはよう。盆休み、どうしてた?」  遥希の後ろで影のように佇んでいる有希と目を合わせると、彼は首だけで小さくぺこんと会釈をして、小さな声で応えた。 「……走って、それから──本、読んでました」 「へえ! そっか! どんなの読んだん?」  休みの直前に勧めた本を読んでくれたんだ! そう思うと嬉しくなって、思わず前のめりで尋ねた。が──。 「斜陽と、悟浄出世と、生れ出る悩みと……」 「いや現文の模試に出て、続き気になるヤツのラインナップ!」
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