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斜め上の応えに思わず仰け反り、そんな重陽の反応をして遥希は指を差して笑う。有希は怒りとも悲しみともつかない表情で、左目を眇めて見せる。
「そーなんすよ。真面目かっ! っていうね。受験の準備とかマジで無駄じゃん!」
遥希は、重陽に向けた指をそのまま有希へ向けた。重陽は咄嗟にその手を掴んで少し強引に下ろし、伏せられた有希の目を覗くように背中を丸めた。
「悟浄出世、おれも模試で初めて読んでさ。続き気になってたけど、まで読んでないんだ。面白かった?」
そんな重陽の問いかけに、勇気は「……っす」とまた小さく頷いて見せた。
「そっか。じゃ、俺もちゃんと読んでみんね! 感想ラインしてもいい? 気が向かなかったら返して貰わなくても全然いいんだけどさ」
黙ったまま、有希は頷く。
「サンキュ。まあなんか、お前もちゃんと息抜きできてるみたいでおれは安心したよ」
「は? 先輩風とかマジ向かい風の次にウザいんですけど」
「遥希は黙ってな。おれは有希と話してんの」
顔を有希に向けたまま、目だけで遥希を見て言う。遥希は苛立ちを隠そうともせず右目を眇め、舌打ちをして重陽の手を振り払った。そして代わりに有希の腕を掴み、行くぞ。とその腕を強く引いて校舎へ向かう。
そんな二人の後ろ姿を眺めながら、重陽は「ああでいいんだよなあ。たぶん」とまたひとり頷きながらのしのし歩く。
遠回しな言葉は使わず、嫌なことは嫌と言う。態度に出す。──遥希のように。
阿ることなく正直に、自分が発して心地いい言葉でだけで応える。──有希のように。
世界は鏡だ。自分が人にしたことが、ただ自分に返って来る。
だとするなら自分に後悔がないように人と接すること。自分に正直でいること。心地よく生きること。それが即ち誠実である。というように思うのだ。
後悔と我慢を重ねながら生きていると、そうしない他人を強く呪うようになる。思えば、遥希に対して折に触れ抱いてきた「コノヤロー!」という感情の正体がそれだ。それがこれまでの重陽だった。
おれがこんなに空気読んで我慢してお前らに合わせて生きてやってんのに、なんでお前はそんなに好き勝手してるわけ?
そんな「コノヤロー!」を人から寄せられることは、遥希の立場に立ってみればひどく理不尽でくだらない。自分が彼ならきっとこう返す。
だったらあんたも好きに生きれば?
それをしないのもできないのも、全部あんたの責任で、あんたの意気地のなさの結果でしかないだろ。
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