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世の中にはいろんな人がいる。自分のように走ることが好きで一生続けていくだろう。と思う人間もいれば、走るなんてただ苦しいだけで絶対にごめんだ。という人もいる。
遥希のように走るのが大好きな上バカみたいに速い。という人間もいれば、有希のように苦しみながら走っているがバカみたいに速い。という人間もいる。
自分のように、それなりに好きではしっていてそれなりに速い。という人間もいれば、好きで走っていてもそう速くはない。という人も──というか、走るのが好きだと言う人間のほとんどがきっとそうだ。
その点については重陽にも「自分はほんのちょっぴりだけ恵まれた人間である」という自覚がある。ギリギリでもなんでも、インターハイの舞台に立てるのはほんの一握りなのだから。
「いいぞいいぞーっ! 喜久井ィー! 脚使えてるぞーっ!」
監督の、興奮が滲んだ声がグラウンドに響いた。確かに調子はいいけれど、せーので走り出した遥希や有希の背中はまだ今ひとつ遠い。
まだだ。もっとだ。まだ足りない! もっと速く!!
重陽は「もう限界!」と思った次の呼吸でぐっと大きく脚を上げ、ストライドを伸ばして腕を振った。
少しだけ、ペースが上がる。最後の末脚だ。追いつくことはできなくても、無様に見ているだけではたつ背がない。
ひとまず今あの双子に食いついて走ることができれば、本番でもそれなりのタイムを出せるはずだ。その一心で、重陽は大きく腕を振って前へ前へと距離を詰める。
自分にはもうこれしかない。そう覚悟を決めてからは、なんだか体がとても軽い。命からがらいろんなものから逃げ惑っていたついこの間までの重陽とは雲泥の差だ。
自分の望むような形で愛されなくたって、幸い自分はこんなにも速く「走る」ことができる。そして、そんな自分であれば望んでくれる人がいる。
だから、彼にとってのヒーローでありたい。
それが重陽の新しいモチベーション──ただ一つの、走り続ける理由だった。
瞬きのたび、彼らの幸せそうな後ろ姿がちらつき癪に障る。そしてその度に、重陽は速くなる。
見てろ。おれはあんたら二人分の夢を乗せて、絶対に箱根を走ってやる!
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