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遥希と有希は、ほとんど横並びで差しつ差されつを繰り返している。そんな二人にあと少し、もう少しで前に振った腕が届く。というところで有希がちらりと振り向いて、涼しい顔で信じられないようなスパートをかけた。
それに続き、遥希もまた愉快そうに有希を追う。重陽はそれに着いて行けない。全力なんかとっくのとうに使い切っている。
悔しくて焦る。途端に体が重くなる。足も腕も心臓も止まりそうになる。あと二百メートル──百メートル──五十メートル……朦朧とした意識で、胸を突き出すように五千メートルを走りきってその場に倒れ込んだ。
「っすー。ナイスラン!」
と遥希が、ひっくり返っている重陽の顔を物理的にも態度的にも上から目線で覗き込んでくる。クールダウンももう終わっているらしい。
重陽が荒い呼吸に喘ぎ一言の返事もできずにいる様を見て、遥希は「あは
は!」と屈託なく笑い声を上げそのままどこかに行った。どこでもいいけど視界から失せてくれてよかった。と思った。
少し呼吸が落ち着いたところでむっくり起き上がり、すると今度はこちらへ駆けてくる監督の姿が目に入った。
「喜久井! やったぞ! ベスト更新だ!!」
「……まぁじすか。そんなに?」
調子がいい自覚はあったけれど、そこまでとは思っていなかったので声がひっくり返ってむせた。
「喜べ。まぁじだ。表彰台だって狙えるぞ!」
見てみろ。と差し出されたタブレットに記録されている自分のタイムは、確かに「なんかの間違いじゃねーの?」というくらい自己ベストを大幅更新している。
「これ……あと一年早く出せてたらよかったっすね」
喜びより達成感より、そんな感想が先に口を衝いた。監督はそんな重陽の肩に手を置き、噛んで含めるようにして諭す。
「気持ちは分かるが、そう言うな。サボってたわけじゃないんだから。それに、強豪の大学にも一般受験で入ってエースに上り詰めた選手だって山ほど──」
「でもガチでやってこうと思ったら、サボってなくて今やっとココっての結構な問題じゃないです?」
喜久井が被せ気味にそう返すと、監督は難しい顔をして口の中で言葉を選び始めた。
「……もっと早く追いつかないと。サボんないなんて当たり前だし。もっとなんか工夫しないと勝てない。それをおれはやってこなかった。そこは誠実じゃなかった」
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