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立ち上がって砂を払った重陽に、監督は「そうか」と深く頷いてまた慎重に口を開く。
「じゃあ、これからそのツケ返していかないとな。厳しいぞ」
「ウス」
「こんなことを俺の立場で言うのもなんだが……確かに今のお前には、去年の地方大会前に会いたかったなあ」
監督は複雑な響きを持った小声で言って、重陽にクールダウンの指示を出した。インハイ組とは別メニューで校外へ走り込みに出ていたチームメイトたちもグラウンドへ戻ってきて、にわかに雑音が増える。
ストレッチをしながら、重陽は「競技には真摯に取り組んできた自負がある」なんて思っていた自分の驕りを恥じた。
これまでの二年半、真面目にやってこなかったわけではないけれど、重点を置いてきたのは競技と太鼓持ちのどちらだったか──その答えは明白だ。
あーもう! バカバカ! 今まで何やってたのおれ!!
焦りと後悔で、ぐわああと叫びながら地面をのたうち回りたくなるのをぐっと堪えて、重陽は熱を持った脚に消炎剤をスプレーする。
考え方の転換だ。「やれてないことがたくさんある」ということは、つまり「これからやれることがたくさんある」ということで、要するにそれは伸びしろなわけだ。
「喜久井、ベスト更新したって? おめでとう」
そんなところへ朝のバスで気まずいまま別れた市野井に声をかけられ、思わず眉間に皺を寄せたまま彼を見た。
「うん。ありがとう」
「いや、ありがとうって顔じゃねーべそれ」
「ごめんごめん。スプレーもろに吸っちゃって、鼻が痛いのなんのって……」
と鼻をつまみながらぎゅうっと顔を顰めた喜久井を見て彼も「何やってんの」と笑い、ようやく少し和やかな空気を取り戻す。
「お前らは、来週にはもう北海道かあ。いいなあ涼しいんだろうな。カニ買って来てよカニ。全員分」
「あはは。カニカマでよければ」
つまんな。という感想を隠しもせず、重陽は短くそうとだけ応えた。
「でも今年のインハイは日程すごい後ろだからさ。終わったらすぐ国体と駅伝の予選だよ。むしろおれは早くそっちの練習したい」
「駅伝ねえ……なーんか今年はイケちゃいそうな雰囲気だよな。全国大会」
重陽の横に座り込み、どうしてか浮かない様子のため息混じりでそう言った。
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