16、愛日と落日⑨

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16、愛日と落日⑨

 まさに「暗澹たる気持ち」そのもので練習を終え、結局それからその気持ちが晴れることはなかった。  自分を追い込み練習に集中している間はそんなことも考えずに済むけれど、それ以外の時ではまた「まあまあ」「そこをなんとか」の重陽に戻っている。  明日はいよいよ試合に向けて北海道へ発つ。という日の練習の終わり。双子と重陽はみんなの前で一言ずつ意気込みを発表させられたが、その時のムードったらなかった。  ある意味一丸となって松本兄弟を露骨に敵視するチームメイトたち。それを煽る遥希。徹底して無視を貫く有希。そしてひとりおろおろと「まあまあ」「そこをなんとか」とおちゃらけ続ける重陽──地獄絵図である。  双子の方にも、問題があると言えばある。けれどインターハイが終わって、こんなムードで駅伝なんかできるんだろうか。それがあんまり心配で監督に相談した。けれど監督は「今は目の前の試合に集中しろ」と言うばかりで答えはくれない。 「あー……しんどい。しんどいしんどいしんどい。もうマジ無理ガチャ引こ……SSR出るまで石突っ込んじゃうもんね……」  家に帰って風呂に入って、髪を乾かすより先にベッドへ倒れて独りごちる。東京で完膚なきまでに恋を失ってからというもの、もっぱら癒しはゲームの男性声優ボイス回収だ。  彼にとってのヒーローになる。そう決めてから、夕真とは連絡を取っていない。無論、彼からも連絡が来るようなこともない。もともと連絡には無精な人だし、その上あの調子では今は恋人のことしか目に入っていないに違いない。 「ぐう……無慈悲……」  いくら祈りを込めて画面をつつけど、目当てのキャラが出てこない。このまま爆死して終わりか……しんどい……と涙目になりかけた。その時だった。 「──わっ、ちょ、まっ……もしもし!?」  画面が急に電話の着信に切り替わり、表示された「織部夕真」の名前に声が引き攣って裏返る。 「もしもし。今、大丈夫?」 「だっ、だだ、大丈夫ですけど……どーしたんすか薮から棒に! ちょーびっくりした!」 「え……いやだって、明後日、試合だろ。直前に邪魔するの悪いから、今日の内に頑張れよって言っとこうと思って」  電話越しに聞こえる声は、懐かしいほど辿々しくて彼らしい。「もうマジ無理」の気持ちが、彼の一言で全部「よし、やるか!」に変わってしまって、悔しいほど彼への気持ちの大きさを思い知らされた。
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