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「……あざっす! 頑張ってきます! あ、ネットで試合のライブ配信やるらしいんで、都合つくようだったらぜひ!」
見ていてくれたらこんなに心強いことはない。最高のモチベーションになる。
「あー……ごめん。その日、一日バイトなんだ」
「あ、そ、そっすか。残念……」
「でも、休憩中にアーカイブはチェックしとくから……」
ベッドの上に正座をしてその続きを待っていた。──が、特にほかには言いたいことがなかったらしく、数秒の沈黙のあと「じゃ、頑張って」と夕真は電話を切ろうとする。
「わーっ待って待って! 急! すごい急!! え、今、急いでる感じですか!?」
「え、別に……外だけど、バイトの帰り……」
「ちなみに、バイトってなんすか? 塾とかカテキョとか?」
青嵐はそれなりに偏差値も高いし、あり得るし似合う……と瞬間的に妄想を繰り広げてにやけた。
「いや、出版社の事務……っていうか、雑用?」
「あ。そっちのパターンっすね」
「なんだよパターンって」
「いえ、新聞部で記者やってるって言ってたから、あーそっち系かーと思って」
彼は彼で、もしかしたら将来に向けて歩みを進めているのかもしれない。そう思って、また新しい妄想──もとい、未来の自分たちを想像する。
青嵐大の、インディゴのユニフォームで箱根路を駆ける。一区も全体を占う大事な区間だけれど、花の二区か、山登りの五区が華々しくていい。アンカーの十区も捨て難い。
彼は中継所にいるだろうか。それともそれ以外のポイントか。いずれにせよ、赤い髪に青のユニフォームという目がチカチカしそうな姿の自分をそのフィルムに焼き付ける。その時のおれ、アゴ割れてないといいなあ……なんて思う。
「……おれが青嵐受かったら、またいっぱい写真撮ってくださいね! おれ、こないだ自己ベスト更新したんすよ。監督からも、表彰台狙えるってお墨付きもらいました。だからとりま、バーン! とインハイで存在感示してやりますよ!」
重陽の耳元で、夕真は小鳥のように「ふふっ」と笑った。
「ああ。期待してる。お前ならできるよ」
「……ありがとうございます。頑張ってきます」
期待してる。同じ言葉なのに、大嫌いなあいつに言われるのとじゃやっぱ全然違うな。と重陽は、彼にかけてもらった言葉を胸に刻んだ。
「じゃ、今日は早く寝ろよ。明日、早いんだろ?」
と彼はまた早々に会話を断ち切ろうとしてきて、そんなところが切ない。
「はい。そうします。ありがとうございます。……なんか、引き止めちゃってすいません。おやすみなさい」
電話を切ってからまた彼の顔を思い浮かべて、それからほとんど同時に大手町で見た丹後主務とのツーショットがフラッシュバックして、やっぱりじくじくと胸は痛む。
けれど、ある意味で自分たちは、恋人同士よりも強い絆で結ばれているんだ。そう思うことにした。
そりゃあ本心を言えば、触れたいし触れて欲しい。一日中ひっ付き合って目を見て愛を囁き合って、端的に言っていちゃいちゃしたい。
が、そういう関係性はどんな拍子に拗れたり壊れたりしてしまうか分からない、ひどく儚く脆いものだ。
けれど、今の自分と彼の間に通っているものはそうじゃない。きっと重陽が走り続ける限り、彼が写真を撮ることをやめない限り、自分たちはずっとずっと繋がっている。離れていても、繋がっている。
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