16、愛日と落日⑨

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 軽めのジョギングで前日練習を済ませ、迎えたインターハイ当日の朝。競技場へ着いた瞬間に緊張で吐きそうになった。中学から全国大会に慣れている双子は他の地方にも名を馳せているようで、相変わらず全方位に喧嘩腰のようだ。けれど、そんなことにも構っている余裕はない。 「いいか喜久井。前半は、振り落とされん程度に抑え目にな。焦って前に立って使われるな」 「はい」 「いつも通り走れば大丈夫だから。胸張って行ってこい!」 「はい!」  監督はそう言って重陽を予選に送り出してくれた。まずは予選を通過しなければ表彰台も何もない。  予選は三組に別れて行われ、重陽は一組、有希が二組で遥希が三組にそれぞれエントリーされた。この予選で、五着以内に入れば決勝進出。一組であれば、六着ないし七着でも他の組で同順位になった選手のタイムによってはまだ可能性はある。  練習では結局一度も抜き返せなかった双子と組が別れたのは、気持ち的には少し楽だ。とは言え全国から集まった、彼らと同じレベル──ないし彼ら以上の走力を持つ選手がライバルなわけだから、双子がいないことなんてほんの気休めでしかないのだけれど。  ──気休めでもないよりマシだ! マシマシ! いつも通りいつも通り!  胸の内で自分に言い聞かせながら、ピストルの音を聞いた。  両脇にいた留学生がスタートからどっと前に飛び出して行き一瞬つられそうになったものの、堪えて後方でインコースに入る。振り落とされない程度に抑え目に──とは言われたものの、まずその「振り落とされない」というだけで精一杯だ。  ──いやダメだこれ! いつも通りやってたら落ちこぼれて終わる!!  不思議と、それが「焦り」ではなく「判断」なのが自分で分かった。前を走るライバルたちの間に間に、一本のジグザグした光る道が見える。  ひとまず表彰台は忘れることにした。戦略も忘れることにした。完全に「前半は体力温存」なんて考えていられる立場でも場合でもない。まずは目の前の一本。これを勝ち抜かないと意味がない。  ──風除けにでもなんでも、存分に使いやがれ! おれの逃げ足をなめるなよ!  思い切ってストライドを伸ばし、目の前の光る道に沿ってなるべく内側を取りながら前に出た。  少しの間だけ先頭を走ったものの、すぐにひゅんひゅんと他県の留学生にかわされた。が、そんなことは想定の範囲内だ。狙うは七着以内。できれば五着。  弱気じゃない。これがおれの実力だ。きっと表彰台なんか夢のまた夢。なんのせいにもできない。自分のしてきたことが返ってきてるだけ。  しょうがない。と思いながら、これまでの自分を呪う気持ちで脚が沈みそうになった。その時だ。 「重陽ーーッ! ファイトーーッ!」  甲高い母の声が聞こえた。瞼の裏に月が浮かぶ。いつまでも、どこまで走っても、ずっと伴走している鬱陶しいほど強烈な月の光──。  慰められたくない!! そう思った瞬間、腹の底から力が湧いてきた。顎が下がり、腕は前に出て脚が上がった。  なんだかんだマザコンだよなあおれって。ちょっと歪んでるけど。  そう思うと可笑しくて、脚と一緒に口角も上がった。
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