3、臆病と熱病②

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 しかし喜久井は、すぐにその反応を覆い隠すような薄ら笑いで「えー?」と阿るような声を上げる。 「なんでそう思うんすか?」 「別に。ただの偏見」 「なんすかヘンケンってウケる! 先輩、ワードセンス独特すぎでしょ!」  “偏見”の言葉の意味も分かっていなさそうな喜久井は、また大袈裟なほど手を叩きながらケラケラ笑っている。そんな仕草はやっぱりどことなく、サルのおもちゃに似ていると思った。  喜久井はおもちゃと同じように、人を喜ばせるために手を叩いて笑うんだろう。  本当は写真にもカメラにも興味なんかないくせに、ニコニコ笑って接待トーク。  これは偏見以外のなんでもないが、人の顔色を伺いながら場の空気に合わせて振る舞いを変える人間には大抵、隠しておきたい本性がある。ソースは夕真自身だ。 「……喜久井は、いつから陸上やってるんだ?」  おもちゃみたいな空笑いを見ていられなくて、話の矛先を変える。 「おれっすか? おれも先輩と一緒で、小学生の時っす」  喜久井は夕真の準備したストレッジボックスをクラブバッグに詰め、チャックを締めると「あざっす!」と軽い会釈をしてから話を続けた。 「少年団でサッカーやりながらたまに駅伝とか出てたんすけど、中学入ってから陸上一本に絞ったんすよ」 「ふうん。……走るのって楽しいか」  夕真もまた帰り支度をしながら、何気なく聞いた。本当にこれといった意図のない質問だった。強いて言えば、予想通りの答えを聞いて安心したかっただけの。 「そうですねえ……」  けれど、そう発した喜久井の声に陰りがあるような気がして顔を上げる。  すると喜久井は軽率な問いかけをした夕真を共犯関係へ誘うように、緑色の瞳を細めて答えた。 「楽しいですよ。走ってる時はほかのこと考えなくていいから。おれは、走ってる間だけが楽しい。あとは全部苦しい」  喜久井は窓の外に広がる夜を背負い、口の前に指を立てて妖しく笑う。
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