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5、熱病と臆病④
どう考えても偶然だった。あの日はたまたまカメラの修理が終わった日で、たまたま鞄には望遠レンズが入っていて、天気が良かったし目玉焼きが双子でたまたますごく機嫌が良くて、だからあの交差点へ行く気になったのだ。
必然であったことなんか何一つない。夕真があの瞬間、彼の心の底の方へ降りて行ったことも含めて。
なので、こんな脈絡のない偶然の結果として「喜久井がいやに絡んでくる」という事実はどう考えてもバランスを欠いているとしか思えず、夕真はずっと首を捻っている。
喜久井が三度目に部室を訪れたのは、週が明けて月曜日の昼休みだった。
その時こそ「この間の部活の写真、パソコンで見せてください」なんてもっともらしい理由を嘯いていたものの、火曜からはさっそくなんの理由もなく昼休みは弁当持参で夕真のいる部室に押しかけて来て、金曜の今日ついに一週間皆勤賞だ。
大体の場合、喜久井は勝手に夕真の向かいに腰掛け、弁当を食べながら携帯をいじっている。
基本的に会話はない。なので何をしているのかは夕真には分からないし知ったこっちゃないと思っているが、ときどき「あー」とか「やば」とか独り言を呟いているので、おそらくゲームをしている。
「先輩、先輩! ちょっと手ェ貸してください」
今日も印画紙の乾燥棚を背に座っている喜久井は、自分の携帯から目を離さないまま夕真を手招きをした。
「嫌だ」
「なんで!」
「見れば分かるだろ。いま過去問の自己採点中!」
夕真が顔をしかめて見せても、喜久井は構わず「一瞬! 一瞬だけでいいから!」と顔の前で手を合わせる。埒が明かないので、結局夕真が赤ペンを置いた。
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