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運動ができる奴って、やっぱ頭の回転も早いのかな。そういえば、まひるもだいぶちゃっかりしてて要領いいし。野生の勘……みたいなのが働いたり?
なんて考えていた午後一番の授業は共通テスト対策で、解答用紙のマークがずれていたことに最後の問題でようやく気付きますます自分の鈍臭さに嫌気がさした。
夕真の成績は比較的いい方ではあるが、それは時間をかけてコツコツ勉強しているからであって、要領はむしろ良くない。それだけに、普段からケアレスミスには最大限警戒している。
──が、このざまである。
基本的に夕真の頭と体は、マルチタスクには非対応だ。
そんな自分の惨めな様を思うと、一瞬でも喜久井に同情したことが恥ずかしく、また馬鹿馬鹿しくなってきた。
あの時は「こいつも苦労してるんだな」とか「助けになってやりたいな」なんて思い上がっていた。けれどよくよく考えてみれば、彼は周囲に自分を偽りつつも、ああしてちゃっかり息抜きの場を確保しているクレバーな男なわけだ。
な、なんかずるい!
いや、ずるいって言うとおかしいけど、無性に腹立つ!
「──あぅっ」
鬱憤のまま誤答を消しゴムで擦っていたら、答案が真っ二つに裂けた。
紙の破ける音と甲高くて変な声が、思いのほか大きく響く。少しすると今度はそこかしこから、人を腐したような笑い声が続く。それらをどうすることもできず、夕真は黙って破れた答案用紙の皺を伸ばし回答を続ける。
助けて欲しいのはこっちの方だ。そんなどす黒い恨み言で胸がいっぱいになった。夕真だって大概苦しいのだ。それこそシャッターを切っている時や、暗室や部室に籠もっていられる時以外の全ての時間が。
けれど、夕真にとっての「苦しい時間」は残りわずかだ。二学期が終われば、進学クラスの登校日は卒業式直前の何日かしかない。
夕真の受験先は第一志望も滑り止めも東京で、何かあって全滅さえしなければ春からは一人暮らしだ。今いる東海の片田舎よりは、きっといくらか生きやすいだろう。実際はどうあれ、少なくとも今そういう希望を持つことができる。
じゃあ、あいつは?
そう考えた時、息が詰まった。
喜久井の進路なんて夕真は知る由もないけれど、少なくともあと一年はここで自分を殺し周囲の反応を伺いながら過ごすのだ。
毎日毎晩「やっと終わった」「今日もしんどかった」「明日もきっとしんどい」「でも、何はともあれ生き延びた」「ひとまず今日は、親を悲しませずに済んだ」「明日も同じように頑張らないといけない」そう思いながら。
走ってる間だけが楽しい。あとは全部苦しい。そんな気持ちが、夕真には手に取るように分かってしまった。
するともう、あまり「ずるい」という気にはならない。ただ「自分以外には素顔を見せて欲しくない」という別のやましい感情が代わりに沸いてくるだけだ。
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