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6、熱病と臆病⑤
十二月に入ると塾の日にちが増え、放課後にグラウンドへ顔を出せる機会はめっきり減ってしまった。
あれで喜久井は夕真が本当に困るわがままは言わないので、それを伝えても反応はあっさりしたものだった。けれど絵に描いたようにしょんぼり肩を落とされて、盛大に罪悪感を煽られた。
「それじゃあ、レースの日も難しそうですかね。そう言えば、模試とかあるかもって前に言ってましたけど」
練習着姿の喜久井は、そわそわしながらフェンス越しに夕真の目を見て発した。
「来週の日曜だよな。大丈夫。コース教えてくれたら、適当に応援しに行くよ」
夕真がそう返すと喜久井はぱっと目を瞠り、フェンスを掴んで子どもみたいに軽やかに飛び跳ねて見せる。
「本当ですか!? やった! じゃあ、あとでラインしときます!」
毎年十二月の第二日曜には、市が主宰するハーフマラソンの大会がある。ローカルテレビでは頻繁にCMも流れていて、夕真も名前だけは知っているそれなりに規模の大きなレースだ。陸上部で長距離をやっていると、これが引退試合になることが多いらしい。
「駅伝で全国行けたらそっちが最終レースだったんすけどね。今年は男子も女子もダメだったんで、このレースで世代交代っす。だから、おれっていうより先輩たちの方たくさん撮ってあげてください」
「善処するよ。……けど先にそっちで話通しといてもらえると助かるな。写真部のキモオタに盗撮されたって学校にタレ込まれたら、進路通り越して人生に響く」
「だぁいじょーぶですって! ウチの部わりに強いんで、みんなレースの写真は撮られ慣れてるし。ってか先輩、いっつもそんな心配しながら写真撮ってんすか?」
喜久井が少し引き気味に声を落としたので、今のこそがキモオタ仕草だったかと時間差で恥ずかしくなった。
「……そうだよ。だから俺は行事の記録係以外じゃ、今まで風景と乗り物しか撮って来なかった」
「マジすかウケる! マイナスの自意識過剰! 先輩かっこいいのにギャップやばすぎでしょ!」
「くそ。バカにしやがって」
サルのおもちゃみたいに笑いながらそんなことを言われても、煽られているようにしか聞こえない。なのに、いつものおべっかなのは明らかなのに、悲しいかな嬉しくなってしまって胸の内でリフレイン。
かっこいいのに。かっこいいのに。かっこいいのに──絶対嘘だ。そんなこと親だって言わない。でも、嬉しい。
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