6、熱病と臆病⑤

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「あ、お疲れっす! 何っていうかまああの、お昼なんで!」  部室の前に体育座りをしていた喜久井は勢いよく立ち上がり、あたりを見回してそそくさと携帯を隠した。大方また新しいイベントでも始まったんだろう。 「ちょっと待ってて」  夕真がそれだけ伝えると、喜久井は元気よく「はい!」と頷いて見せた。その笑顔があんまり眩しいので泣きそうになる。彼が夕真に見せる笑顔はいつも、その名の通り太陽をいくつも重ねたみたいに明るい。  急いで教室に戻り、弁当を持って職員室に鍵を取りに行った。直前の重い足取りとは打って変わって、広い歩幅で軽やかに足が上がるのが現金で気恥ずかしい。  そうして夕真が部室へ到着した時にはもう喜久井はサンドイッチを口いっぱいに頬張っていて、申し訳ないやらおかしいやらで笑いそうになる。 「待たせて悪かったけど、さすがにどうかと思うぞ。こんなとこで」 「ふぉおあおおうああいお」 「モノ食いながら喋んなって」  つぶらな瞳で瞬きを繰り返し、サンドイッチで頬を膨らませながら喋る喜久井はほとんどリスだ。サルだったりリスだったり、彼は何かと小動物っぽい。  部室を開けてやると、喜久井は携帯の画面を凝視したまま我が物顔でまっすぐ定位置の椅子に腰掛けた。夕真も黙ってその差し向かいに座り、ポッドキャストを再生して弁当を開ける。 「……条件厳しいのか。今度のイベント」  いつも手を叩いて笑いながらラジオを聞いている喜久井が、くすりともせず携帯を眺めているのが気になって恐る恐る尋ねてみた。 「え? あ。あー、まあ……イベントっちゃイベントか。リアルの」 「リアル?」  喜久井は困ったように頭をかきながら「そっす」と頷いて答える。 「部活で一緒の子に、ラインでコクられちゃって」 「へ、へえ……」  そういうこともあるだろう。というのは、折に触れて考えていた。にも関わらず実際にそうなってみると自分でも驚くくらい心拍数が上がり、目が泳いで焦点が全然合わない。 「なんて返すの」 「それで困ってんすよ。結構ずっと仲良くしてたし、向こう友達多いんすよね。なんつってゴメンすれば波風立たないか全然わかんねー」  喜久井の心底弱ったような声を聞き、夕真の視点がようやく定まった。
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