2、熱病と臆病①

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 受け取った袋には印画紙と一緒に、手作りらしいスコーンが入っている。 「あ。それも、ウチの母親から先輩にって」 「あー……お母さんがイギリスの人なんだっけ。妹に聞いたけど」 「そうっすそうっす。おれが言うのもなんですけど、なかなかのもんっすよ。本場仕込みのスコーン。チョコ入ってるのがオススメです」 「へえ……ありがとう。家族といただくよ」  夕真自身は甘いものが苦手だけれど、持って帰れば誰かしら食べるだろう。そう考えてスコーンだけ自分の弁当を入れてきた袋に移し、印画紙は紙袋ごと所定の棚にしまった。 「それじゃあ、部活終わった頃にでも取りに来て。急ぎじゃないなら別に今日じゃなくてもいいけど。一枚で大丈夫?」 「了解です! ありがとうございます。一枚でいいです」  喜久井はニコニコしながらそう言って、けれども部室を出て行こうとはしない。 「……まだ何か?」 「そのラジオ、赤福氷のオールナイトっすよね?」 「そうだけど」  そう言えば、ずっとポッドキャストを流しっぱなしだった。聞き逃したところを戻そうと携帯を手に取り、アプリを画面に呼び出す。 「一緒に聞いてていいっすか? ゆうべ途中で寝ちゃって」  また忍びなさそうに肩を竦めながら頭をかいて、けれども喜久井は勝手に夕真の向かいの椅子を引いて腰を下ろした。  自分のスマホで勝手に聴け! と内心鬱陶しくは思ったものの、一度座ってしまったものをまたわざわざ立たせて追い出すのも面倒で、そのままポッドキャストを再生する。  夕真が黙ってそうしたのを許可と捉えてか、喜久井は「あざっす!」と元気よく応えてまたニコニコしながらポッドキャストに耳を傾けた。  そして、大喜利のコーナーでは「ウケる」とか「マジか!」とか、屈託なく手を叩きながら声を上げて大笑いする。  そんな喜久井はなんだか、シンバルを叩くサルのおもちゃに似ている。  赤毛にグリーンアイの、いわゆる「ハーフ美少年」がそんな風にケタケタ笑っているところは、画面越しに見るならまあ悪くはなさそうだ。  ──が、実際目の前にいるとなるとなかなかどうして、本当に鬱陶しい。  喜久井が目の前にいるばっかりに、夕真は必死で笑いを堪えなければならない。そのことに神経を集中するあまり、弁当の味もよく分からないし消化不良を起こしそうだ。 「あー、おっかしい! 先輩も、結構こういうラジオとか聞いたりするんすか」 「……まあ、それなりに?」 「へー、なんか意外! ってかでも、全然笑わないっすよね。今週の、あんまツボに入んない感じですか?」 「いや、面白いよ」 「うっそだあ」 「嘘じゃない。腹の底じゃ大爆笑だ。……人前で、声上げて笑いたくないんだよ」 「えー? なんでなんで」 「なんででもいいだろ。ほっとけよ」  夕真としては、そこそこ思い切って強めに突っ撥ねたつもりだった。けれど、喜久井には嫌味も拒絶も全く響いている様子がない。彼はただ「はーい。さーせんっしたー」と軽く口にして、再びラジオの軽快なトークに耳を傾ける。  喜久井を見ていると、全身から迸っている愛されムードが癪に障る。人懐っこくてさばさばしていて、鬱陶しいのに引き際は絶妙。容姿だっていい方だし、成績はどうか知らないが少なくとも部活や行事では誰もが目を瞠る活躍を見せる。  太陽みたいに明るい彼と対峙していると、自分の影があんまり黒々と浮き彫りになるのでたまらない。だからなんだろう。夕真はその影の濃さに引き摺られて口を開いた。 「なんでって言えば、お前の方こそ」  何かに怯えて、逃げるみたいに走るよな。と発しかけたのを、昼休みの終わりを告げる予鈴が攫っていく。 「え? あ、すいません。今なんか言いました?」 「……いや別に」  我に返って、自分の性格の悪さにぞっとする。自分は今、かなり確信的に人を嫌な気分にさせる目的で言葉を発していた。そんなところまでこいつに浮き彫りにされた。と思ってから、この後に及んでまだ人のせいにするのかよ。とまた自分が嫌になる。 「早く教室戻れよ。足速いのは知ってるけど、その速さで廊下走るわけにいかないだろ」 「あはは! 確かに。──それじゃ、また部活終わったあと来ますね! ラジオ、聞かせてくれてありがとうございました!」  そう言って屈託なく笑い、喜久井は軽やかに部室を出て行く。  金輪際口ききたくねえ……と思う程度にはイラつかされた。そのはずだった。  けれど去り際に一点の曇りもない笑顔を向けられたせいか、不思議と「写真、綺麗にプリントしてやんないと」という気になっていて、悪い気分ではなかったけれど釈然としなかった。
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