43人が本棚に入れています
本棚に追加
12、愛日と落日⑤
インターハイはいつも八月の初旬、お盆の前に開催されることが多い。けれど今年は夏休みの終わり、八月の最終週に北海道で行われることになっている。
練習期間もひと月近く長い上に八月下旬の北海道は気候もいいので、界隈は「さぞかし好記録が連発するに違いない」と湧いているようだ。
重陽にとって幸いだったのは、同じ競技で一緒に全国大会へ行く双子が普通に練習を「お盆休み」したことだった。
いくら先輩、いくら部長といえども、地方大会の優勝・準優勝コンビを差し置いて部活を休むのは少し──いや、かなり体裁が悪い。
とは言え重陽は、誰に何を言われようとも練習を休み、父方の祖父母が住む東京へ来たに違いなかった。墓参りのためではない。夕真との約束のためだ。
「重陽! お前、でかくなったなあ!」
東京駅で妻と息子を出迎えた父親は、感慨深げにそう言って重陽を見上げる。彼は日本人の平均よりも小柄な方で、二年の冬までの重陽はどちらかというと父似だった。
「でしょう? もう、制服なんか二回も仕立て直したんだから!」
重陽が返事をする前に母が嬉しそうに発し、両親は頬でキスを交わす。その様を重陽は、目を泳がせながら無言で見守った。人生の大半を日本で「外国人」として暮らしているというのに、両親と一緒にいる時に感じる「日本人」からの「あー、はいはい。なるほどね」という視線が未だに気になるのだ。
国際関係を専門にするジャーナリストの父は、二年前から東京で単身赴任生活を送っている。なので、親子で顔を合わせるのは基本的にお盆と年末年始だけだ。
「しかし、やっぱり背が高いと男前に見えるな。ママに送ってもらう写真がいつもユニフォームだからっていうのもあるけど」
「そうかな」
「それだけじゃないのよパパ。重陽、最近はガールフレンドに服を選んでもらってるの。ほら、前に話したじゃない? 走り幅跳びのまひるちゃん。それでね。今日はこのまま、まひるちゃんのお兄さんに青嵐大のオープンキャンパスを案内してもらうんですって。あのモノクロ写真の彼!」
「ああ……写真部の先輩っていったか。去年の駅伝で写真撮ってくれた。彼の写真、すごくよかったよなあ。芸術系より報道に向いてると思うんだけど」
「うん。パパがそう言ってたって、先輩にも伝えておくよ」
二人の時はどうかよく知らないけれど、一人息子を間に挟んだ両親は本当によく喋る。そんな両親の間にいる重陽は、基本的にはいつもニコニコ相槌を打っているだけだ。
自分の記憶にはないけれど、生まれてすぐの重陽はわりに生死の境を彷徨うことも多かったらしい。なので、そんな一粒種はきっと彼らにすれば「生きてるだけでまるもうけ」なんだろう。ニコニコ黙って相槌を打っているだけでも、文句を言われたことはない。
最初のコメントを投稿しよう!