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「い、いや……いやいやいや! 先輩の方こそ! 大学デビューえぐいっしょ!!」
彼は胸ポケットのついたカーキのビッグシルエットTシャツに黒のスキニーという出立ちで、首にはデジタル一眼レフのカメラを提げている。足元はシンプルなスポーツサンダルだけれど、それがなんだかかえってこなれた感じがしてセクシーだ。
しかし。そう。格好はそう大した問題じゃない。
確かに、いつもアイロンの当てられていないよれたカッターを着ていた高校時代に比べれば、シンプルな無地のTシャツでも皺がなく体型に合っているだけで随分見違える。
が、そんなことより。髪型と眼鏡である。さらさらで真っ直ぐだった髪は色こそ艶やかな黒を保ってはいたものの、ヘアカタログそのままみたいなパーマが充てられている。
眼鏡も素材こそ高校時代と同じ銀のフレームではあるが、形が「サブカル系BL漫画に出てくる芸大生の受け」みたいなまん丸レンズの大きな眼鏡だ。
「ああ、うん。……変かな」
などと聴き慣れたか細い声で、しかし微笑みながら気まずそうにはにかむ彼の様に目眩を覚えた。「カッコいい!」と興奮してにやけそうなのを、いっそのこと! と満面の笑みで誤魔化す。
「いえ! めちゃくちゃ似合っててカッコいいんで! オッケーです!!」
と、大袈裟に全身でリアクションを取りながら片手の親指を立てる。そんな重陽の様を見て夕真は、信じられないほど気安く声を上げて笑った。
「ははは! まぁたお前はそうやって人に気ィ使って。見た目こんなクソでかくなってビビったけど、中身は全然変わってないな」
「そんなそんな。ねえ? 人間、そう簡単に変わんないっすよ。先輩みたいに、進学とか? きっかけがあればまた別ですけど」
「まあ、それもそうかもな。東京来て、誰も今までの俺のこと知らないんだって思ったら、すごい気が楽になったし」
「いやでも気ィ使ってるとかじゃなくて、マジで全部似合ってます。服も靴も髪型もメガネも! なんかシュッとしてるっていうか、吹っ切れてる感じしますよ」
先輩と後輩で交わすありきたりな言葉の中に、二人だけの間にだけ通じ合う暗号みたいな感情が行き交うのがたまらなく嬉しかった。
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