12、愛日と落日⑤

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「……そうなんだ。もしかして、卒展?」  その少し硬い表情のまま彼は、重陽から目を逸らし「とりあえず、行くか」といった風情で校舎を指差す。 「あ、そうですそうです! 期間中ずっとインフルで寝込んでた先輩の代わりに、すげー一生懸命『お兄ちゃんの写真はここがこうすごくって!』って解説してましたよ」  年度末のことだ。重陽もその時に初めて知ったことではあるが、写真部は三年生の受験が粗方終わった卒業式の直前に毎年、市の美術館の一室で「卒業写真展」を行っている。  昨年度の卒業生は夕真ひとりだったので、つまり夕真の個展だった。撮影された日付の順に撮り溜められた写真が展示されていたが、植物や風景、鉄道の写真が続く途中、三年の終わりで突然現れる陸上の写真は異質な精彩を放っていた。 「あ。そうだあと、これ余計なお世話だったらスミマセンなんですけど、記者やってるウチの父親が先輩の写真見て『芸術系より報道に向いてると思う』って言ってました。ほんっと勝手ながらなんですけど、ぶっちゃけおれもそう思います」  夕真の硬い表情をして「その顔はほぼ、好きな子に恋人のノロケを聞かされる時のそれでは?」と都合よく疑いながら、しかしそうではないことは明白であり、重陽はその事実があんまり辛いので話を逸らす。 「え。それマジ? お前の親父さんって記者なの?」  彼は父からの伝言に思いのほか食いつき、再び重陽の顔を見て目を瞠った。話がまひるからそれたことにほっとしつつ彼に見つめられて胸が高鳴り、我がことながら「心電図が面白いことになってそうだな……」と思った。 「ああ、はい。つっても、国際政治が専門でスポーツは全然なんすけど」 「そうなんだ! 実は俺、学生新聞のサークルでカメラマンと記者やってるんだ。本職の人にそう言ってもらえると、自信つくよ」  そう言って嬉しそうに照れ笑いを浮かべる彼の顔が、まるで全然知らない人のように見えて辛かった。  恋心も、尊敬も、友愛も、全部をストレートに伝えてきたつもりだ。けれど、ありのままの重陽の「存在」は認めてくれても自分への「好意」はついぞ受け止められなかった。  そんな彼が、こんなに屈託なく「自信つく」なんて言っていることを、真人間なら喜ぶべきだ。けれどそうはならないのはひとえにエゴで、重陽にとっては彼にそうした幸いなる変化を齎した全てが憎い。 「へえ! そうだったんすか! なんだよ言ってくださいよ水臭いなあ。じゃあ、おれがココ入ったら先輩に取材してもらえるってことっすね!?」  イエーイ! とはしゃいだふりで並んだ肩をぶつけたら、体格はあの頃と変わらず華奢な夕真は少しよろけて「いてえよ」とぼやく。 「そうだな。今年はたぶんずっと野球部の担当だけど、来年からはたぶん陸上もやらせてもらえると思う」  けれどそう言って頷いた夕真の声は、冬に「あと少しだよ。頑張れ」と言ってくれた時と同じだった。だからやっぱり、重陽の心は千々に乱れて仕方がない。
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