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3、臆病と熱病②
写真部でフィルムの現像とプリントをしているのは、今は夕真だけだ。後輩たちにも一応ひと通りの手順は教えたけれど、この学校で暗室を使うのはどうやら夕真で最後になりそうである。
喜久井が持ってきた印画紙は大四切──B4と大体同じくらいのサイズの大きなものだった。夕真が普段使うのは大きくてもたかだかA4くらいのもので、それ以上のサイズの印画紙は大会や文化祭の展示で使うくらいなので少し緊張する。
「……よし。できた」
印画紙を部室の乾燥棚に並べ、ほっと息をついた。暗室作業はほとんど水仕事なので冬場はなかなか手指に堪えるが、その分愛着も湧く。
大きな印画紙にプリントしたあの瞬間は、やっぱり夕真の目を奪った。けれど彼の母親が息子の晴れ姿として、ポートレート的にこれを「いい写真だ」と思ってくれているのだとしたら、それはそれで嬉しいけれど夕真とは少し解釈が異なる。
撮影者の贔屓目かも知れないし、夕真は彼の何を知っているわけでもない。
なんならこの写真を撮った時には名前すら知らなかったわけだけれど、自分の切り取ったこの瞬間には何か、喜久井の心の底に降りて行ったその先にあるものを偶然にも掬い上げてしまったような気がするのだ。そういう意味では、ある意味「スクープ」写真と言える。
歯を食いしばり、大きなフォームで泳ぐようにライバルを抜き去った喜久井。
必死の形相で、何に怯え何から逃げているのか。知りたい。自分が掬い取ってしまったものの正体が知りたい。
この写真は、そういうある種無粋な好奇心を掻き立てるものだった。少なくとも夕真にとっては。
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