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13、愛日と落日⑥
校舎で受付を済ませたあと、ひとまずひとりで入試相談会へ参加してから再び夕真と合流した。
「どうだった? 相談会。お前って文理どっちなんだっけ」
約一時間ぶりに再び顔を合わせた彼からは、微かに煙草の匂いがした。
「理系っす。こう見えて受験英語ニガテで」
「へえ。意外」
目を瞠いて発した彼の吐息が少し煙たい。そばで人が吸っていて──ということではなさそうだ。驚いたし動揺はしたけれど、幻滅はしない。むしろ興奮する。だから早口になる。
「ヒアリングとスピーキングはいいんすけど、筆記がねえ……文系科目だと比重大きいじゃないすか。っていうか、ハーフでも英語からっきしってヤツ結構多いっすよ」
「そうなの? あー、でもそうか。親が英語使ってないと覚えないもんな」
「そっすそっす。ウチもまあ英語は英語ですけど、母親の話す英語がめちゃくちゃ訛り強いからヒアリングもビミョーなとこっすよね」
ふうん。と少し口を尖らせて頷く彼の横顔は、自分の知っている頃の彼よりも抜群に綺麗だ。実際の夕真は、重陽の拙い妄想を軽々と追い越していく。
垢抜けて「東京の人」になった彼。早く追い付かなければと、どんな大事なレースよりも焦る。
「じゃあ学部はどこにすんの? うちの陸部の選手ってほとんど文系だろ」
「──えっ!? あ、あー、そうっすね……」
ぼーっと考え事をしていて話を聴いていなかったのを見透かされ、彼は少し呆れたように「学部!」と繰り返す。
「消去法で情報学部ですかねえ……看護とか理工系は実習忙しそうだし。あと、さっきちょっと見せてもらった情報学部のAIの研究とかはゲームみたいで楽しそうでした!」
重陽が意識してあどけなく言うと、夕真はまるで幼い弟でも見るように目を細めて微笑んで見せる。
「ああ。確かに。ああいうのお前、好きそうだよな。いいんじゃない?」
そんな表情が、魅力的でもあり寂しくもある。
中部の田舎の高校で、お互いに日々を必死に消化していたあの頃。そこにあった連帯感だけがごっそり無くなり、自分は欲しくもなかった大きな体を、彼は正体不明の「余裕」を得たらしい。
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