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そんなオタク先輩一同を、残りの一人がダブレット端末で一度ずつ頭を小突いていき、それで重陽は「この人が主将か何かか」と察しをつける。あくまで重陽の偏見ではあるものの、タブレットで人の頭を小突くのは大体立場のある人だ。
「こらこらはしゃぐなオタクども。高校生と一年生をビビらせるんじゃない。──悪いね。こいつらには後でよく言って聞かせるから」
と言って眉尻を下げた彼は、重陽よりもぐんと背が高かった。けれど新幹線みたいにシャープな体つきにはどこにも無駄な肉付きも、力みすらもない。きっとすごく広いストライドで、風みたいに走る人なんだろう。そんな印象だ。
「……あ! いえ、全然全然! っていうか、申し遅れちゃってすいません。喜久井エヴァンズ重陽です。むしろなんか、知っててもらって恐縮っス」
同じ長身ランナーとして、目指すべき体型だよなあ。などと考えている間に変な間ができてしまい、慌てて深く頭を下げる。
「こちらこそ。君なんかよその大学からも引く手数多だろうに、わざわざうちなんか見に来てくれてありがとう。主務兼トレーナーの丹後尚武だ。俺は四年だから、君とはOBとして顔を合わせる機会の方が多いかもな。よろしく」
差し出された手をおずおず握ると、ぐっと引き寄せられてその力強さにたじろいでしまう。
「よろしくお願いします。……あの、丹後さんマネージャーなんですか? 選手じゃなく」
「ああ。春にちょっと大きな怪我しちゃってね。うちは裏方も足りてないし、俺は専攻もリハビリだからちょうどいい機会かと思って」
出会い頭からいきなり悪いことを聞いてしまった。そう思って咄嗟に「すみません」と口にしかけた矢先、丹後の発した言葉でその「すみません」が喉元で突っかかった。
「夕真も、担当違うのにいい選手紹介してくれてありがとな」
「ああいえ、別に……お役に立てたならよかったです。それに、俺もこいつがウチのユニフォームで箱根走るとこ見てみたいし」
ちょっと待って先輩そんな親しげに下の名前で呼ばれてんの!?
お役に立ててよかったはいいとしてそのデレ笑顔なに!?
そんなことより! 先輩‼︎ おれがここのユニで箱根出るとこ見たいって言った!?
喉元で突っかかったままの「すみません」は、重なった意味の数だけどもって「すすすすみませんなんかほんと恐縮ですアハハ」と、いつものへつらい笑いとはまた違う曖昧なへらへら笑いとして宙空に放出してしまった。
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