13、愛日と落日⑥

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「いいじゃんいいじゃーん。オーキャンに来た高校生からしか得られない栄養素は、その内ガンにも効くようになる」  うんうん頷いている、丹後主務に小突かれた先輩のひとりは紛うかたなきネットミームでしみじみと言う。  そんな彼は高二までの重陽と同じくらいの背丈で、けれど華奢さはなくしっかりした体格だ。きっと安定したピッチ走法のランナーに違いない。 「三年の土田(つちだ)十一(といち)でーす。喜久井くん、愛知だっけ? いいよねえ都会で! オレは多治見第一からのここでさあ、中部の地方大会までは出てたから大会でたまに見てたよ」  目を爛々と輝かせる彼とも握手を交わし、よろしくおねがいします。とついつい口にしてしまう。 「ハイ! ハイ! 三浦(みうら)ノブタでーす。こっちは弟のユメタね! 俺らは町田生まれ町田育ちで近いからココ入ったけどお、走るの楽しーし楽しく走れたらいっかなーっていうエンジョイ勢なの! ね?」  と言って、出迎えてくれた先輩たちの中では比較的抜け感のあるというか、シュッとした印象で全く同じ顔の二人組が頷き合う。 「そうそう。オレらは勝負とか将来とかはわりとどーでもいーの。だから喜久井くんも、もし丹後さんとかつっちー先輩についてけなかったら、俺らと一緒に気楽にやろーね! 俺らは今二年だからきっと付き合いも長くなるし、仲良くしてねえ」  前髪の分け目の位置だけが違う瓜二つの二人は、大会や競技会ではついぞ見たことのない緑がかった金髪だ。紛うかたなき一卵性双生児だが、どうしてこう陸上、特に長距離をやろうという人間には双子が多いのだろうか。 「あ、ハイ。よろしくお願いします。まあまず、おれの頭でココ受けれるかどうかってとこなんすけど……」  まだ入るとも決まってないし、入れるとも決まっていないのに、なんだか完全に歓迎ムードに飲まれてしまい握手を繰り返す。  けれど、このオンボロのクラブハウスはどうしてか息がしやすい気がした。  それは三浦兄弟の抜け感あるムードのお陰かもしれないし、丹後主務のでんとした存在感のお陰かもしれないし、何より夕真が「俺もこいつがウチのユニフォームで箱根走るとこ見てみたいし」と言ってくれたお陰が大きいかもしれない。  けれどもとにかく重陽には「おれが大学でも陸上を続けるとしたらここでしかないんだろうな」という直感があった。  根拠も何もないし、メリットデメリットも今のところはなんの精査もできていない。  が、のびのびと自分を押さえつけずに走ることを続けられそうな可能性を感じる場がこの世にあるということ自体が、重陽にとってはいい意味でも悪い意味でも、カルチャーショックが大きかった。
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