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自己紹介を終えると、自称エンジョイ勢の三浦兄弟は勧誘チラシを手にキャンパスへ繰り出していき、夕真もまた「じゃあ俺、ほかの記録の仕事あるから」と駅伝部の部室を出て行った。
それぞれに独特のオーラがある初対面の先輩二人に挟まれ、妙に肩身が狭い。空気を読むのは得意だが、それゆえ重陽にとって初対面の人とのコミュニケーションは消費カロリーが大きい。「空気を読む」という行為は一対一のオーダーメイドなのだ。
「じゃ、トラック行ってみよっか! つってもウチの主力陣はよその大学とか実業団で武者修行してるヤツの方が多いから、ここのトラックにいるのってノブタとユメタみたいなエンジョイ勢が多いんだけど」
と発して土田はニコニコと引き戸に手をかけ、けれど有無を言わせないような目力と語気で重陽を促す。
「あ、ハイ……」
促されるままに半歩踏み出し、丹後主務にさりげなく背を押されてその半歩が一歩になった。
「そうだ。冊子で見てくれてたかも知れないけど、土田は今のうちの主将なんだ。うちは競技に人生のっけがちな『ガチ勢』と、趣味で楽しくがモットーの『エンジョイ勢』になんとなく分かれてて、一応主将とかの幹部はガチ勢から出すようにしてる。エンジョイ勢はいい意味でも悪い意味でもこだわりがないからな」
「はあ、そうだったんすか……ってことは、いわゆる一軍が『ガチ勢』で二軍が『エンジョイ勢』てことなんですかね?」
という重陽の問いかけに、丹後主務ははっきりとした語調で「いや」と答える。
「そういう分け方はしてないよ。『エンジョイ勢』って言っても、何が楽しみでやってるのかは人それぞれだから」
と言って彼は、右足を庇うような少し歪な歩き方で半歩後ろからついてくる。
「ノブタとユメタはあんなチャラチャラした雰囲気だけど、あいつらが『楽しい』と思ってるのは自分のタイムが縮んでいくことなんだ。だから卒業した後に競技を続けるつもりはさらさらないみたいだけど、記録にはすごくこだわってる」
そう言った丹後主務が「な?」と前を歩く土田主将に話を振ると、彼もまた「そーそー」と頷きながら振り返った。
「もったいねーよなー。あいつら、センゴは俺よりいいタイム持ってるよ。でも残酷なもんでさ、ガチだから速くなれるってわけじゃないんだよな。シュミが楽しい楽しいだけでやってても、速いやつは速いし強いやつは強い」
そんな嘆息混じりの言葉を聞いて重陽は、遥希と有希のことを思い浮かべた。二人はガチかエンジョイかで言えばガチ中のガチだろうと思うが、有希はともかく遥希はエンジョイ勢でもある気がする。好きこそ物の上手なれ。を地で爆走、しかも爆速で駆けているタイプというか。
「一応確認なんだけど、喜久井くんはやっぱガチな感じ? 実業団とかも考えてる方?」
「えっ、あ、お、おれは……」
振り返った土田に真正面から尋ねられ、咄嗟に答えられなかった。どう答えるのが正解なのかがまだ分からなかったし、実際自分がどうしたいのかもよく分からないのだ。
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