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「……すみません。正直まだ、ちょっと分かんないです。走るのは好きだし、とりあえず大学では続けてみようかなって思ってるんですけど……実業団ってなると気持ちだけで行けるとこじゃないと思うし」
とりあえず、自分はまだ今はこのチームの人間関係の外側にいる。ということに甘えて、正直な考えを話してみた。こんなことを地元の監督やチームメイトに聞かれるとまた「お前は『気持ち』が弱い!」と怒られるやら呆れられるやらしそうだと思いながら。
「なるほど。言えてるな。目指す目指さないはそりゃ自由だけど、気持ちの強さだなんだでどうにかなるほど甘い世界じゃない。努力は裏切る。不運はついて回る。どんな天才にも、熱血漢にも」
右足を庇って歩く丹後主務が言うと、底知れぬ説得力があった。
「そう。そう! そうじゃないですか! おれ、気持ちの強さとかハングリー精神とか、そういう言葉大っ嫌いなんすよ!」
自分が今まで監督やチームメイトたちに、伝えたくても伝えられなかったこと。それを丹後主務に短く言い当てられ、重陽も言葉を吐くのを止められなくなった。
「好きなら一生懸命になるのなんか当たり前だし、それでもダメな時はダメだし、一生懸命やりたくてもできない時だってあるし、全然頑張ってないのになんかぬるっと結果出ちゃう時もあるし、そういうのを全部『気持ち』でまとめられるの、おれはすげー嫌です!」
ひどい乗り物酔いのあとみたいに一息に吐き出してしまってから、しまった。と青ざめた。
嫌い。嫌だ。人間関係のNGワードだ。どんな場面だってせめて「おれには合わない」とか「どうかと思う」ぐらいの言葉に言い換えるべきで、思う分には自由だけれど口に出すとなると「嫌」には力がありすぎる。
やばい。やばい! 気難しいヤツと思われた! ここで印象しくじると後からリカバリー面倒くさいぞ!? それに何より、先輩の顔を潰すことに──。
「喜久井、すげーじゃん。なかなかいないよ。そうやって自分の考えてることちゃんと言葉にできるヤツって。っていうか、もっと大人しいヤツかと思ってた」
土田主将が重陽を呼ぶ名前から「くん」が消えた。目には見えない受容が、緊張感で早鐘を打っていた重陽の鼓動のリズムを徐々に落としていく。
「いえその……全然、すごくないです。今はたまたま丹後さんが水を向けてくれたけど、地元じゃおれは部長だし、監督とか、ほかのチームメイトとか、あと家族の前でだって全然本音なんか言えないし──」
「じゃあ、君はこれからここで、ゆっくり『君』になっていけばいい」
立ち止まった重陽に追いついた丹後主務が、後ろから遠慮のかけらなく重陽の頭部に手を添えた。
「俺たちはここで君を待ってる。歓迎するよ。うちには名伯楽な監督も飛び抜けたエースランナーもいないけど、懐の深さだけはよその比じゃないよ」
後頭部に触れていた手が離れていく。見上げた彼の顔は逆光で、ちょうど後光が差しているみたいに見えた。
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