14、愛日と落日⑦

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14、愛日と落日⑦

 青嵐大の鄙びたトラックではちょうど、土田主将曰く「エンジョイ勢」であるところの先輩たちが有名ランナーのアップしているYoutube動画をコーチ代わりに和気藹々と練習に励んでいた。  率直な疑問として、重陽は「どうして実績のある人に指導を仰がないんですか」と聞いてみたら、思ってもみなかった様々な答えが返ってきて面食らった。  自分でプランを立ててPDCAを回したいから。頼んで断られたら心折れるから。プレッシャー負いたくないから。人の指図は受けたくないから。武者修行してみたけど水が合わなかったから。エトセトラエトセトラ。  ちなみにノブタ先輩とユメタ先輩は目下イベント会社の起業準備中で、本腰を入れているのはそちらの活動らしい。  驚きの連続だった。興奮した。「ガチ勢」の先輩は丹後主務と土田主将としか話せなかったけれど、この「エンジョイ勢」の先輩たちを許容しているというのがそもそも信じられない。もちろん、いい意味で。  意地悪く冷静にこの集団をジャッジする内なる重陽は「こんな呑気にやってたんじゃ、箱根なんか夢のまた夢じゃん」と言って聞かない。けれど、いやいや待て。とまた別の内なる重陽がそれに反論する。  そもそも、箱根目指して関東の大学を選ぶ意味とは?  おれ自身が楽しく走りたいだけのそれこそ「エンジョイ勢」なら、大学で陸上続ける意味もなくね?  逆にもっと上を目指すなら、受験パスして行ける地元の出雲常連校の方が環境は絶対いいし──。 「──お。いい顔してるな。駅伝部、楽しかった?」  いや、理由全部、これなんすわ! と重陽が真顔で目を細めたので、校門で待ち合わせた夕真もまた不審げに目を細めて見せた。 「なんだよ。人の顔見るなり真顔んなって」 「……先輩、タバコ吸ってます?」 「やっぱ分かるか」 「分かるし、バレたくねーなら吸わねーこってすわ」  自分の懊悩と混乱と動揺と憧憬を全部一緒くたにして丸めてぶつけて八つ当たりするみたいに重陽がそう言っても、彼は余裕綽々で苦笑いを浮かべて見せる。 「ぐうの音もでないんだよなあ。気をつけるよ。としか」 「健康がどうの受動喫煙がこうのとかは全然言う気ないんすけど、先輩、いちおー未成年っすよね。そこは多分、このご時世ヤベーっす。大学生と言えど」 「マジでぐうの音も出ん。お前がそう言うなら本当にそうなんだろうな……」  と自分の言葉をまともに受け止めてもらって、やっと少し溜飲が下がった。なんだかくらーい感情だなあ。というのが自分でも気になりはするものの、何はともあれ目の前の恋しい人は可愛らしくて綺麗だ。
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