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改札を出て、エスカレーターを上がり、向かい風と外光を浴びながら外へ出る。
「わあ……箱根だ……っ!」
その瞬間に口から飛び出した感慨が、自分でも意外だった。
勝負事にも大学駅伝にも執着はないはずで、思いのままに体を動かす快感と酩酊感に魅せられてはいても、人と争う場には自分は然して興味を持っていないと思っていた。
けれど、それでも毎年テレビにかじりついて見ていたあの大会のスタートとゴールにあたるあのビルが、ビルに挟まれた一見なんでもない都会の路地が、重陽の心の底の底にどうやら燻っていたらしい青い炎を焚き付ける。
「ま、ここは箱根じゃなくて大手町だけどな」
と可笑しそうに隣で肩を揺らした夕真ではあるが、しかし重陽の感慨をしっかりと受け止めてまた口を開く。
「ここが箱根駅伝の、スタートでゴールだ。一番人の集まるところだって、丹後さんに聞いた。新聞部でも二日目の復路、十区のゴール担当は、毎年始発でここ来て場所取りしてるって」
「始発で!?」
驚きのあまり咄嗟に真横の彼を見たら、ばちりと目が合う。彼の相貌は相変わらずきらきらしていて愛らしく綺麗ではあったけれど、そんな下心を追い越して何か熱いものがお互いの眼差しとして交わったような気がした。
「ああ。しかも、隣駅のファミレスで待機しながらな。ここでの徹夜待機は、一応マナー違反ってことらしい。こすっからいけどな」
楽しそうに発する夕真の声が弾んでいる。自惚れていいんだろうか。自分のことをたとえ一生恋愛対象とは見てくれなくても、陸上選手の一人としてなら彼の心を焦がすことができるのだろうか。
「とりあえず一区のスタート兼十区のゴールがここ。でも、ほかの中継地でもいい場所取ろうと思ったら朝イチ待機が常識だってさ。……だから、お前が走るのは何区か分からないけど、そんときゃ俺は正月の夜明け前からブルブル震えながら場所取りしてなきゃなんないってわけ」
「……すげえ殺し文句っすね」
愚痴っぽく笑った彼に、二重の意味で言い返した。期待するような他意があるなら何よりだが、ないとするならあまりにも罪な言葉の響きだ。
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