14、愛日と落日⑦

9/17
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/228ページ
 彼に比べて、自分はなんと代わり映えのないことだろう。そりゃあ確かに背は伸びたしタイムだって少しは縮んだけれども、相変わらず人の顔色を伺いに伺って、空気を読みに読んで、自分の本当の形を隠しに隠して。  そんな生き方をしている限りきっと、どんなに辛くたって苦しくたって、誰も本当の重陽のことを助けることなんかできやしない。だって誰も重陽が苦しんでいることを知らないのだ。……たった一人を除いて。  ──だとしても、そういうとこ人から隠すタイプだろ。お前。  今にして思えばきっと、あの瞬間にはもう始まっていた。そして、あの時声が上ずった理由。言葉にならなかったそれが、今ようやく自分の中で明らかになった。 「……先輩、この後ってまだ時間あります?」  神様でも仏様でも、その辺の可愛いあの子やこの子でもなくて、おれはあなたに助けて欲しい。  求めよ。さらば与えられん。耳にタコができるほど聞いた聖書の一節。欲しいものがあるなら、まずは手を伸ばしなさいと主は説かれた。 「あ、よかった。俺もそれ聞こうと思ってたんだよ」  と言ってはにかむ彼。手応えあり。だ。 「丹後さんも今駅着いたとこって言ってたから、一緒に飯行こう。いろいろ話したいことあるし」 「えっ」  携帯の電源を点けると溜まっていたらしいメッセージを見て、夕真は心なしかうきうきと声を弾ませた。一方の重陽は「なぜここで二人きりになれん!」と脂汗をかき、あまり良くない響きの声が上がってしまう。 「あ、えー……部活のことっすよね。丹後さん、それでわざわざ大手町まで? 恐縮すぎてやばいんですけど……」  言い訳のようにおろおろと芝居を打ち、彼に着いて歩きながら一応母親に「ライブ楽しかった! これからと先輩と軽く食べてから帰るよ」と連絡する。 「まあ、もちろん部活のこともあるけど……」  と少しだけ緊張感を孕ませた声で言葉を濁らせた彼とビルを出ると、数十メートル向こうの地下鉄出口から、ちょうど丹後主務が出てきたところが見えた。特徴的な歩き方ですぐに分かる。  夕真はそんな彼へ自分たちの居場所を示すように大きく手を振り、それから重陽の顔を見上げて、大きく息を吸ってから思い切ったように発した。 「お前には、ちゃんと紹介したいんだ。俺の彼氏」
/228ページ

最初のコメントを投稿しよう!