14、愛日と落日⑦

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 大きなビルとビルの間の路地に、重陽の「ええーーっっ!?」という長い悲鳴が木霊した。  人の視線が集まるのを気にする余裕はなかったけれど、本当に驚きショックで混乱した時は声なんか出なくなる。  と思いきや、意外と大声が出るもんだなあ。なんて、かえってどうしようもない感慨しか湧かないのはきっとやっぱり、大きなショックから心を逃がしているせいなのかもしれない。 「……やっぱ引くよな。ごめんな。気持ち悪い思いさせて」 「いやっ! そうではない!!」  衝撃のあまり変な言葉遣いになったが、悲しそうに目を伏せた彼を見ていたらそんなことには構っていられなかった。 「そんなこと思うわけないでしょ! おれのことなんだと思ってんすか!?」  彼の両手首を強く掴み、目を見て同じボリュームで言う。ゆっくりとこちらに歩いてきているであろう丹後主務にもこの様は見えているだろうし聞こえてもいるだろうが、それこそそんなこと「知ったこっちゃねーっ!」である。 「ご、ごめん……」 「で? なんだと思ってんだって聞いてんですけど!?」 「……妹の彼氏」  その返事を聞いて一気に脱力し、彼の手を離した。  言いたいことは色々ある。家族間の報連相どうなってんだ!? とか、去年おれがコクりかけたの気づいてねーのかよ!? とか、そもそも気持ち悪いって思いながらちゃっかり彼氏作ってんじゃねーよ!! とか。  けれど本当にあまりにも色々ありすぎるので、かえって心が石みたいに凝り固まってしまってなんにも言葉が出てこない。 「──ごめん。今のは俺がずるかった。本当は俺も気付いてたんだ。お前はきっと俺のことを好きでいてくれて、あのハーフマラソンの日、お前がそれを伝えようとしてくれてたこと。……俺も、あの時はお前のことが好きだったから」 「……はあ?」  ひどく気まずそうに白状した最愛の彼を気遣う余裕もなく、逡巡の余地なく腹の底から疑問と怒りが飛び出した。 「でも、こっち側は……しんどいことばっかだよ。蔑まれて、笑われて……法の上でさえ不利なことばっかりだ。だから俺……俺は、まひるが『重陽先輩に告白された!』って嬉しそうに言ってきたの聞いて、本当に……本当に嬉しかったんだ」  夕真は時折言葉を詰まらせながら、涙声で訥々とそんな話をしていた。 「俺には無理だったけど、お前がそっち側で生きて行けるなら……本当に、それに越したことはないよ。お前は絶対に世界で活躍するランナーになるし、余計なことで悩んで欲しくない。欲を言うなら俺は一生、お前の走りに夢を見ていたいんだ。──あの人はもう、きっとお前みたいには走れないから」  最後に小声の早口で付け足した夕真のすぐ後ろまで、あの研ぎ澄まされた体を持った彼が悠々と立っている。
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