14、愛日と落日⑦

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「ごめん。お待たせ。──ああ、夕真。ひとまず話したんだな」  太陽の代わりに街灯の光を背負った丹後主務には、やっぱり後光が差している。夕真と重陽の間に漂う空気を察してか、彼は事務的なほど落ち着いた声音で短くそう言った。 「あ、はい! えっと、改めて紹介しますね。妹の彼氏の喜久井です。見どころあって面白いヤツだし、絶対ウチの陸部に向いてるはずなんで!」  ついぞ見たことのない高揚した様子で、夕真は丹後主務を見上げて話す。そんな様が何より重陽の傷を抉った。  丹後主務は丹後主務で、そんな夕真のことを愛おしげに見下ろしている。完全にふたりの世界だ。けれどこの丹後尚武という人の抜け目ないところは、恋人を見ていたその目の形をほんの少し変えただけで「愛おしさ」を「慈しみ」にして同じように重陽を見るところにある。 「喜久井。改めてよろしく。話してみたら聞いてたよりずっと落ち着いた子だったから、実を言うとびっくりしたよ」  そんな風に言われたら、こう返すしかない。 「ちょっとお! 先輩! おれのことどんな風に吹聴してくれてんすか!」  なんて笑っている自分のことが過去最高に哀れで惨めで、嫌で嫌で仕方がない。このシチュエーションに追い込んだ夕真も、向け目なく完全に善人の丹後主務も、こんな時でさえ体裁を取り繕って笑っている自分自身も、何もかもが憎くて憎くてたまらなかった。 「どんなって別に……見た通りだけど? クソほど浮かれポンチのウェイ系と見せかけてめちゃくちゃ空気読んでて、スタミナおばけで逃げ足の速さえぐいって」 「やべえ。ぐう真実。かなわねーな──あ、すいません。ちょっと電話いいすか」  手を叩き、腹を抱えながら笑い声で誤魔化しながら目尻を拭う。ポケットの携帯を出すとそれは母親からの着信で、おおかた帰宅時間報告の催促だ。 「親からっすね。すいません。──ハイ、マム」  英語で着信に応じた重陽を目の当たりにし、二人とも目を瞠っていた。  左の耳元では「何時頃に帰ってくるの?」「帰ってきたらご飯は食べない?」「ママもおばあちゃまもあなたのためにたくさんご飯作ったのに」「今どこにいるの? 一緒にいるのはまひるちゃんのお兄さんなのよね?」と母親が捲し立てる。  右耳には微かに「どこのハーフなんだっけ?」「イギリスです。確かスコットランド」「英語話せるんだな。すごい」「でも受験英語は苦手って言ってました。受けるなら情報学部かなって」と、いちゃいちゃした二人の会話が入ってくる。  ──あ、もう無理。やってらんねー。  そう頭に過った瞬間。重陽は母親譲りのスコットランド英語で、朗らかに見えるであろうケタケタ笑いで陽気に発した。 「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえよメンヘラ過保護クソババア! 腹は減ってりゃなんか食うし減ってなきゃ食わねーわ!」
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