3、臆病と熱病②

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 夕真は極力気配を消してグラウンドに近付いた。けれどファインダーを覗いた瞬間にあっさり喜久井と目が合い、あまつさえ彼は人懐っこく手なんか振ってくるのでレンズ越しに気まずい思いをした。 「お疲れ様っす! もしかして、写真持ってきてくれた感じですか?」  グラウンドの周回ノルマをこなし練習を切り上げたらしい喜久井は、勢いそのまま夕真に駆け寄り屈託ない笑みを向ける。 「いや。写真は今まだ部室で乾かしてる。……たぶん、もう乾いてるけど」 「なんだ。じゃあ、シンプルに部活撮りにきてくれたんすね。あざす! いい写真撮れました?」 「……まあ、それなりに」 「やった! どれどれー?」  誰も見せるとは言っていない。けれどこう朗らかに言い切られると否定も出し渋りもしづらい上に、喜久井は勝手にぐいぐい手元のカメラを覗き込んでくる。 「……この間のレースほど大写しじゃないけど」  と夕真はしぶしぶデジタル一眼を再生モードにして、小さな画面に撮れたてほやほやの写真を映してやった。 「あ、ほんとだー。でもすっげえ! ちょーきれー。さすがっすね!」  ちょうどグラウンドの向こうに沈む夕日が綺麗だったので、そちらを主眼に据えてシャッターを切った。なので喜久井ほか陸上部の面々は逆光になっていて、シルエットだけが黒々と浮かんでいる構図だ。 「別に。機材が揃ってればこのくらいは誰でも撮れる」  喜久井のことは好きではないけれど、含みのない率直な言葉で賛辞を寄越されると照れ臭い。それでついつい警戒して、いつにも増してつっけんどんになった。  喜久井はきっと、人の喜ぶ言葉を瞬間瞬間でそれこそスナイパーのように的確に選ぶ技術に長けている。それもおそらくはかなり自覚的に発揮していて、そうして相手の懐に抉り込んで何がしかの「対価」もしくは「目溢し」を得ている。そんな印象だ。 「プリントしたやつ、用意しておくから。着替え終わったら部室寄って」  夕真は早々にカメラの電源を切り、カバーを被せて早口で続けた。本当はもう少し顔の分かる写真も撮っていたけれど、やっぱりなんだか盗撮をしてしまったような気がして後ろめたいし、それをしてしまった下心を引きずり出されそうで怖い。  単純に、夕日に赤い髪を溶かしたみたいに靡かせて走る喜久井がきれいだった。客体として勝手に消費しシャッターを切ってしまったことが少し気まずい。そんな視点で切り取られた瞬間から、こちらの意図を悟られるのはもっと気まずい。  「了解です。お待たせしてすみません。チョッパヤで支度してすぐ行きます!」  そう言って喜久井は音がしそうなほどの敬礼をして見せ、運動部の部室棟へ駆けて行った。練習の時よりも力の抜けた、浮き足立ったような走り方だ。レースでもああいう走り方をしていたら、きっと夕真もなんとも思わなかっただろう。
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