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電話の向こうでは母親が卒倒したらしく、てんやわんやの大騒ぎだ。けれど構わず電話を切って、最後にもう一芝居打つ。
「……すみません。なんか、母親が『おばあちゃんがご飯作って待ってるから帰ってきなさい』って」
肩を竦めて見せると、ふたりの世界に入り込んでいた夕真と丹後主務はふたり同時に重陽を見て、ふたり同時に至極残念そうに眉尻を下げた。
「そっか……。まあ、残念だけど、お盆でこっち来てるんだもんな。帰っておばあちゃんの飯食ってやりな」
と先に発したのは夕真で、
「最寄りの駅まで送ろうか。そうしたら、少しだけど話もできるし」
とむしろ、丹後主務の方が名残惜しそうに身を乗り出す。
「あ、大丈夫す大丈夫す。ばーちゃんち上野だし、おれも一応、東京は盆と正月の年に二回は来てるんで全然土地勘ないってわけじゃないし……ああでも、最後にいっこだけいいすか」
送る? ぜってー嫌だね! と思いながら電車の時間を調べる素振りを見せつつまた肩を竦めて見せ、しかし重陽は──主に夕真に対して──逆襲の一手を放つ。
「実は、まひるちゃんには夏休み前にフラれちゃったんすよね。てっきり向こうから聞いて知ってるもんだと思ってたんですけど……なんかすいません」
「えっ」
今度は夕真の方が動揺に目を泳がせた。何に動揺しているのかは、知ったこっちゃないし知りたくもない。知ったところで、全部が全部「今更」だろう。
「だからあ、おれ、お二人はお似合いだと思うんすけどお。ちょっと今のおれの目には毒っていうかあ……なんか思い出し泣きとかしちゃいそうだし、帰ります!」
不思議なもので「思い出し泣き」という単語を口にしただけで本当に涙が込み上げてきた。そんな重陽の様を見て、夕真はおろおろと重陽の前で両腕を無様にばたつかせ、丹後主務はまた遠慮のかけらなく慣れた様子すら見せながら重陽の背を摩った。
「……そうか。じゃあ今は、ひとりになりたいって感じだよな。分かるよ」
分かってたまるかボケ! と思いながらも「ありがとうございます」と応えて、鼻の下を擦り携帯をポケットに戻した。
「すみません。なんか、せっかく色々気ィ使ってもらって、丹後さんなんかわざわざこのために来てくれたのに、おれの個人的な事情で……」
「そんなことを君が気にする必要はないさ。ゆっくり話す時間が取れたらいいなって思ってたのはこっちの勝手だし、どのみち夕真を迎えに行かなきゃって思ってたから」
ダメ押しみたいに発せられた言葉を最後まで聞いていられず、重陽は「すみません。電車来そうなんで!」とその場から逃げるように駆け出し地下鉄の出入り口へ駆け込んだ。
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