14、愛日と落日⑦

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 登って来た時とは正反対の気分で階段を駆け下り、涙を必死に堪えながら無我夢中で改札を通ったものだから、気がついたら見たこともない赤いシートの地下鉄に乗っていた。 「やべっ」  と慌てて次の駅で飛び降りた拍子に甲だけでひっかかっていた右足のサンダルが脱げ、それは地下鉄に乗ったまま知らない街へと運ばれていった。  どういうシンデレラだよ……と呆然としている様を、道ゆく人はくすくす笑いながら愉快そうに遠巻きにしている。  顔を上げた瞬間にたまたま目が合ったサラリーマン風の男をぎろっと睨みつけ、重陽は左足に残ったサンダルをそばのゴミ箱へ叩きつけ裸足で歩き出した。  幸か不幸か降りたのは東京駅で、八重洲の地下街まで行けば歩き慣れたものだ。練習で愛用しているシューズメーカーのショップもある。  ひとまずそこでなんでもいいから靴を買って、いっそゲイバー街にでもしけこんでやろうか。  小遣いは、靴を買ったらほとんど小銭しか残らなそうだ。けれど「無一文だって外専の店行きゃなんとかなんだよ! 新宿二丁目だっておれなら走って行けるわバーカバーカ! おれ以外全員バカ! 死ね!!」という自棄っぱちな思いいっぱいで、重陽は背中を丸め素足でぺたぺたと地下街を行く。  裸足で店を訪れた重陽を見て、ブランドロゴ入りのポロシャツを着た女性店員はぎょっと目を見張りながら「いらっしゃいませ……」と発してすぐに重陽から目を逸らした。  けれど重陽は構うことなくランニングシューズのコーナーへ直行し、サイズに合う一番安い靴を引っ掴み、ついでにディスカウントされた投げ売りのソックスも引っ掴み、レジ台に置く。 「すぐに履くんで、タグ全部取ってください。あと、箱とか袋もいらないです」  最初に重陽を見てギョッとした顔を浮かべた女性店員が、やっぱり少し怯えたような様子でバーコードを読み取りタグを切った。彼女のすぐ後ろには、まだ年始の箱根駅伝のポスターが貼りっぱなしになっている。  それを見た瞬間。自然にぼたぼたと涙が流れた。どうしてなのかは分からない。ただ、自分にはもうこれしかないし、走らなければならない。という強迫観念じみた恐怖にも近い感情に重陽は喉を震わせ涙を零した。
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