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こうなりゃ自棄だとばかりにスマートウォッチに「ヘイ!」と声をかける。
「箱根駅伝一区のコース! 最新区間記録のペース!」
手首のデバイスは「かしこまりました。チョーヨーさん」と機械的な女性の声で応え、自動でアプリケーションを起動する。
「チョーヨーさん。少しペースが速すぎるかもしれません。無理は禁物ですよ!」
アプリのナビゲーションボイスに釘を刺されて「うっせーわ! 一区の序盤は毎年スローペースなんだよ!!」と内心で悪態を吐きつつも、手首を見ると確かに二分四十五秒を切るペースで、流石に速すぎるか。と判断して重陽は首を両腕を回しながら脱力のストレッチをはかりペースを落とした。
すると途端に、また彼の面影が瞼の裏に過ぎりこめかみを涙が伝う。
実際のところ重陽が一番ショックを受けたのは何かと言えば、別に自分の恋が実らなかったこと(だって未来永劫実らないなんてまだ決まってないわけだし)ではない。
さりとて、彼らがとてもお似合いで二人ともすごく幸せそうだったこと(そりゃあ嫉妬の一つや二つや三つや四つや五つや六つ……はあるけれども)でもない。
何よりショックで死にたいほど情けないのは、この結果の種を撒いたのは自分にほかならないということだ。
「チョーヨーさん。いいペースですね! このまま直進して、芝、五丁目の交差点を、右です」
増上寺前を過ぎ、ここまでほぼほぼ直進だったコースで最初の三叉路にあたり右へ舵を切る。
心の底から好きってわけでもなかったのに、よりにもよってまひるに告白なんかするんじゃなかった。一途を貫くべきだった! だってあの人はおれのことを好きでいてくれて、不器用な突っぱね方だったけど、全部おれのためにしてくれたことだったのに!!
「あああああああくそっ! くそっ!! バカ!! おれが一番バカ!!」
誰かのせいにしたいのに、自分の顔しか思い浮かばない。これで彼の選んだ男がものすごいゲス野郎だったりすればまだ呪いようもあろうというものだが、残念ながらそんな隙など一ミリもないのである。
そう。丹後尚武という人は、中部の地方大会やローカル大会で燻っていた重陽を見つけ、見出し、「何がなんでもうちに君が欲しかったから」と言って、「君はこれからここで、ゆっくり『君』になっていけばいい」と言って、待っているよと笑ってくれた人だった。
救われた。報いなければと思った。三者面談で鼻で笑われるような成績をどうにかせねばと奮起した。丹後尚武という人は、重陽にそう思わせてくれた人だった。
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